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July 2022

水府提灯に魅了され、後継者へ

  • 水府提灯を制作しているジェフ・ラッジさん
  • ジェフ・ラッジさんと、義理の父で水府提灯職人の飯島實さん(右)
  • 水戸駅の待合所を明るく照らす水府提灯
  • ジェフ・ラッジさん制作のステンドグラスを組み入れた提灯
水府提灯を制作しているジェフ・ラッジさん

元々ものを作ることが好きだった、フランス育ちのドイツ/イギリス人男性のジェフ・ラッジさんは、現在、水府提灯(すいふちょうちん)の伝統を継承する一方、新たなスタイルの提灯作りに取り組んでいる。

ジェフ・ラッジさん制作のステンドグラスを組み入れた提灯

日本の寺社の儀式、あるいは祭りなどを彩る灯りとして、「提灯」は欠かせない。提灯は、日本の伝統的な照明器具の一つで、竹ひごで骨組みを作って、和紙を貼り、その中にろうそくを入れて火を灯して明かりとするもの 。和紙を通した柔らかい表情の明かりが趣(おもむき)深い。提灯の国内の主要な産地の一つ茨城県のものは、「水府提灯」と呼ばれ、およそ400年の歴史を持つ。最盛期には茨城県水戸(みと)市内に30軒以上あったと言われる生産工房は、近年、数が減り続け、今では3軒ほどとなった。ちなみに「水府」は水戸の別称である。

東京の神田明神や、長野県の善光寺など、数々の日本の代表的な寺社の提灯を手掛けてきた飯島實(いいじま みのる)さんは、水府提灯の伝統工法を守り続ける貴重な職人の一人。そんな實さんも今年で83歳と高齢になったが、幸い、頼もしい後継者がいる。ジェフ・ラッジさんだ。

ジェフさんは、イギリス人の父とドイツ人の母を持つスイス生まれフランス育ち。様々な国や知らない文化に興味を持っていたジェフさんは、ワーキングホリデーでニュージーランドに渡った。そこで働いたリンゴ農園で知り合った日本人女性と2002年に結婚、その女性が實さんの娘だった。

結婚後、初めて訪れた妻の実家で實さんが作っていた水府提灯に、ジェフさんはとても興味をひかれたと言う。

「手工芸が得意だった祖父の影響で、私も幼いころからものを作ることが大好きでした」とジェフさんは言う。「ぜひ提灯作りを教えてほしい」と頼むジェフさんに、實さんも快く応じて手ほどきをしてくれた。

2005年には、ジェフさんは水戸市に隣接する那珂市(なかし)に移住し、地元の中学校で英語を教え、2017年に提灯作りの修行を始めた。實さんから、提灯作りの職人が減り後継者がいないことを明かされたジェフさんは「それなら私が継ぎましょう」と、2017年から、本格的に修業を始めた。

ジェフ・ラッジさんと、義理の父で水府提灯職人の飯島實さん(右)

日本の多くの提灯作りが盛んな地域では、竹を細く割って作る竹ひごをそのまま曲げて骨組みを作るが、水府提灯は輪の形をした太い竹ひごを一本一本、型に糸で縛って骨組みを形作るのが特徴である。ジェフさんも實さんから、この伝統の技術を学んだが、習得するまでに3、4年はかかるもっとも難しい工程だと言う。骨組みを作った後、それに丈夫な和紙を貼る。こうしてでき上がった水府提灯はとても堅牢だ。

「大きく迫力のあるものを作れるところが水府提灯の一番の魅力」と言うジェフさんは高さ2メートルほどのものを作った。一方、實さんがこれまで作ったもっとも大きなものは、高さ3メートル、直径1.4メートルにも及ぶものだったそうだ。

今、ジェフさんは、新しいスタイルの照明器具としての提灯を構想している。その一つの案が、母方の祖父から受け継いだステンドグラスの技術を提灯に取り入れたもの。ジェフさんの祖父は配管工であると同時に熟練の職人でもあった。退職後はステンドグラスの制作を始め、年に一度はドイツを訪れるジェフさんに教えていた。「日本の伝統的な提灯とステンドグラスをミックスすることで、私がここ日本で学んだ技術と、ドイツの祖父を通して学んだ技術を上手く融合させることができると考えています。ステンドグラスを作る時は、いつも祖父のことを思い出します」とジェフさんは言う。まだ、試作品の段階だが、この新しいアイデアによる提灯は、友人にプレゼントして好評だと言う。

水戸駅の待合所を明るく照らす水府提灯

「提灯は、竹と糸と和紙という、自然から取れ自然に還る素材で作られています。これからの世界中の生活のなかで、もっと取り入れられてもいい」とジェフさんは考えている。

「毎日が“完璧”との戦い」とジェフさんは言う。自然の素材を扱うために時に思い通りにならないことがある。それを手間をかけて克服していくからこそ、魅力ある作品が完成していくのだろう。

* 現在では提灯は主に電球を光源とする。