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January 2023

世界の農業を変え、宇宙農業を実現する「高機能ソイル」

  • 高機能ソイル
  • 月面農場のイメージ図
  • 株式会社TOWINGのCEOを務める西田宏平さん
  • 高機能ソイルを使って栽培されたピーマン
  • 高機能ソイルを使った農作物の栽培
月面農場のイメージ図

日本の企業が、農業に適した土壌を極めて短期間で作ることに成功した。この技術により、痩せた土壌でも環境に優しい農業が可能になり、将来的には月面の作物栽培に応用される可能性がある。

高機能ソイル

異常気象などが引き起こす食糧危機が世界的にみて深刻化する中、持続可能な農業の実現が非常に重要な課題となっている。農業は、高い生産性を追求して化学肥料を多用すると、環境に悪影響を及ぼす可能性があると認識されている。また、農業由来の温室効果ガスの影響も問題視されている。これらの問題を解決する一つの可能性として注目を集めているのが、株式会社TOWINGのCEOを務める西田宏平(にしだ こうへい)さんたちが作った「高機能ソイル」だ。

「高機能ソイルを作るには、日本酒造りと非常によく似た技術を使います」と西田さんは話す。「日本酒造りでは、二つの工程 − デンプンを分解して糖にする『糖化』と、糖を分解してアルコールにする『発酵』− が微生物の働きで並行して行われます。これにより、簡単で効率よく日本酒を造ることができるのです。高機能ソイルも、これと同じように、土壌物質に様々な微生物を同時に働かせることで作ります。通常なら3年から5年はかかる良質な土壌を、実に1か月程度で効率よく作ることができるのです」

株式会社TOWINGのCEOを務める西田宏平さん

高機能ソイルを生産するために多孔体(たこうたい)*に土壌微生物を付加・定着させる基礎技術は農業に関する科学的な研究を行う機関である国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構によって開発された。名古屋大学環境学研究科の大学院生だった西田さんは、2016年から研究室のメンバーと、この技術の開発と商品化を行うチームを立ち上げた。卒業後、2020年にTOWINGを創業し、その実用化に取り組んできた。そして、同社は、前述の農業研究機関の技術を活用し、自社独自技術を掛け合わせることで「高機能バイオ炭」の開発に成功した。この高機能バイオ炭と有機肥料を土壌に混ぜ合わせると、様々な微生物が同時に働き始める。すると、有機肥料中の有機態窒素などの成分が、植物が吸収できる栄養素へとスムーズに分解される菌叢を作ることができ、結果的に極めて短期間に良質な土壌づくりを行うことができるという。

「高機能バイオ炭は、植物残渣(ざんさ)(米のもみ殻や竹など)や家畜の糞、下水汚泥などを炭化させた多孔体で、そこにある無数の小さな孔(あな)が言わば微生物の家になります」と西田さんは言う。「ただし、その家には土壌改良に役立つ微生物だけでなく、そうではない微生物も棲(す)むことができます。そこで、土壌改良を促進する微生物のみが定着するよう、試行錯誤を繰り返しながら何年もかけて微生物の培養試験を行ってきました」

高機能ソイルを使って栽培されたピーマン

TOWINGは、日本国内各地のJA(日本農業協同組合)のほか、アメリカやブラジル、東南アジアの農業関連企業とパートナーシップを組み、農作地の土壌を高機能ソイルへと改良する取組を行い始めている。

土壌改良を行った農作地では、化学肥料を一切使わずに十分な収穫量を確保することに成功している。また、高機能バイオ炭の原料には、従来廃棄・焼却されてきた籾殻やヤシ殻といった植物残渣を用いるので、二酸化炭素(CO2) 排出を減らすことができる。また、バイオ炭は、炭素を土壌で貯留するので**、大気中に放出されることなしにCO2を除去する効果もある。こうした成果は国内外で高く評価され、2022年には科学技術振興機構実施のSTI(科学技術イノベーション)を用いて社会課題を解決する取組を表彰する「STI for SDGs」の一環として、文部科学大臣賞を受賞した。

高機能ソイルを使った農作物の栽培

現在、TOWINGが農地の土壌改良とともに取り組んでいるのが「宙農(そらのう)」と呼ばれる宇宙農業プロジェクトである。NASA(米航空宇宙局)が中心となって推進するアルテミス計画***は、有人月面基地の建設や火星への進出をめざしているが、食糧の確保が避けては通れない課題となっている。TOWINGはアルテミス計画内のJAXA(宇宙航空研究開発機構)のワーキンググループに、宇宙での人工土壌の活用を目指して参加している。地球から食料や土を輸送するのは非常にコストがかかるため、長期間にわたって月面で人が活動を続けるためには、月の土を利用して、農作物を栽培することが理想的な方法とされる。しかし、月の表面を覆っている砂は粒子が細かく、微生物が棲みつきづらい。そこで、TOWINGは、そうした月の砂を農作物の栽培に適した土壌に改良する研究を進めている。月面に人工土壌を使った農場を設置することで、「月産月消」が可能になるだろう。

高機能ソイルを作る技術は、地球での持続的な農業を実現するための大きな力となっていくとともに、やがては、月を始めとする地球外での農業「宇宙農業」をも実現させる大きな可能性があると言えよう。

  • * 多孔体は多数の小さな孔(あな)が空いている材料のこと
  • ** 植物残渣などのバイオマスを熱分解させて作る「バイオ炭」に残っている炭素は、土壌の微生物によって分解されにくい性質をもっている。そのため、バイオ炭を土壌に施用することは、炭素を土壌に閉じ込めることにもなる。
  • *** 2028年までに月面基地を建設することを目標とする有人月探査計画。