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Highlighting JAPAN

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臨床研究段階にある新しい鼻軟骨治療(仮訳)

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鼻や耳の形を保ったり、関節のなめらかな動きを維持するのに欠かせないのがヒトの軟骨である。ただし、病気やケガ、先天性の異常などで欠損や変形が生じると、軟骨は自然に治ることがほとんどない。こうした患者の深刻な状況に一筋の光明となっているのが、インプラント型再生軟骨である。開発に携わっている高戸毅氏と星和人氏に佐々木節が話を聞いた。

東京大学附属病院の高戸毅教授と星和人特任准教授が取り組んでいるのは、耳や鼻など、顔面の軟骨の変形や欠損を治療する技術の開発である。この二人が中心となって開発したインプラント型再生軟骨は、患者の耳から採取した微量の軟骨(5~10 mm)から取り出した軟骨細胞を培養し、特殊な足場素材に組み込んだもの。これにより再生軟骨を患部に注入するのではなく、手術で埋め込むという全く新しい治療法が生まれたのだ。

「そもそも軟骨というのは骨と違って自己修復能力が乏しいうえ、患者の他の部位から採取できる量がきわめて少ないので、軟骨細胞を培養して量を増やす再生軟骨の研究が世界中で進められてきました。ただし、現在使用可能となっている再生軟骨はゲル状、あるいは液状のため、耳や鼻の治療に必要な堅さや形を得ることができなかったのです」

こう語るのは患者の治療にあたる高戸教授である。これまで口唇口蓋裂などにより鼻の軟骨が変形した患者に、軟骨のかわりに骨を移植するという方法もとられてきたが、柔軟性のない骨はちょっとした衝撃で骨折しやすいという欠点があった。また、眼鏡をかけたり、鼻をかんだりといった行為がしづらいため、日常生活にも様々な支障があったという。

こうした患者の悩みに応えるため、星特任准教授が中心となって開発したのが、長さ約50㎜、幅約6㎜、厚さ約3㎜の鼻用の再生軟骨である。これは体内で安全に吸収される特殊なプラスチックとコラーゲンで作った足場素材に、体外で培養した軟骨細胞を組み込んだもので、手術で体内に埋め込むという方法をとるためインプラント型と呼ばれる。

「インプラント型再生軟骨を開発するにあたって何より重要だったのは、ヒトの鼻の軟骨と同じような適度な硬さと柔軟性、そして十分な大きさをもたせることでした。そのうえ、足場素材には、培養した軟骨細胞が足場から漏れ出さないこと、体内で安全に吸収されること、さらに吸収されるとき炎症反応を起こさないことなども求められます。結果的には、こうした条件に合致した最適の素材が見つかったことが開発の突破口になりました」

現在、高戸教授らのグループの治療法は臨床研究の段階に入っている。実際に再生軟骨を鼻に埋め込む手術を受けた患者の状況はきわめて良好だという。インプラント型再生軟骨の中に組み込まれた軟骨細胞は、足場素材に守られながら、移植後軟骨特有の物質を出して徐々にもとの軟骨のような状態にもどり、外見的にも、機能的にもほぼ完治した状態となっている。このあと、患部に残る足場素材は時間をかけてゆっくり吸収されてゆき、数年後には本人の軟骨だけが患部に根付くのである。

高戸教授はインプラント型再生軟骨の将来性について次のように語っている。

「臓器や器官の移植には、他人や動物のもの、人工のものを用いることもありますが、拒絶反応や未知の病原体への危険が常に伴います。その点、患者自身から採取した細胞を利用する再生軟骨はきわめて安全性が高く、しかも、患者の身体に定着しやすいという大きなメリットがあります。今のところ、われわれが取り組んでいるのは鼻と耳の治療ですが、さらに開発が進めば気管のような複雑な形状をした部位の治療も可能になるでしょう。そして、最終的にめざすのは関節のような大きな負荷のかかる軟骨への応用。これはすでに実用化されている人工関節との開発競争ということになるでしょうね」

現在、高戸教授らのグループは、5年後の製品化を目指して臨床研究を続けている。世界の研究者たちがしのぎを削る再生医学の分野で、いま彼らの取り組みが大きな注目を集めている。

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