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Highlighting JAPAN

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特集世界に広がる日本のサービス

牛丼家の秘密(仮訳)

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今や日本の国民食と言っても過言でないほどに多くの日本人に親しまれている「牛丼」。その市場は、米国やアジア諸国など、世界にも広がっている。美味しく、安く、素早くという世界共通のサービスを維持しながら、各国のニーズに合わせてどのような工夫が行われているかを、山田真記が報告する。

日本では江戸時代(1603年〜1867年)のおわりまで、牛肉を食べる習慣がさほど浸透していなかった。しかし、明治時代(1868-1912)に西洋から様々な文化が流入した際に、牛食文化も広まっていった。そうした中、一般の人々が簡単に牛肉を食べられる料理として牛丼が作られるようになった。

1970年代になると、牛丼をファーストフードとして、チェーンで提供する企業が現れるようになった。以来、日本中で、手軽な外食として牛丼が広く食べられている。現在、すき家、吉野家、松屋、なか卯といった牛丼チェーン店は、全国で4000以上に上る。

これらの中で、最も長い歴史を持つのが、吉野家だ。吉野家の牛丼は、日本では「うまい、やすい、はやい」というキャッチフレーズで知られている。これは吉野家の特長を端的に表現したものだが、このうちの「うまい、はやい」のオペレーションの確立が模索されたのは、今から100年以上も昔、吉野家の創業時期にまで遡る。

吉野家は、1899年、当時東京都中央区日本橋にあった魚市場で創業した。

「当時の吉野家の店員達は、魚市場の皆さんに随分と鍛えられたようですね」と吉野家ホールディングス社長室広報部長の木津治彦氏は言う。「魚市場で働く人々は、毎日食べ物を扱うという商売柄、味に非常にうるさく、また、市場が開いている時は忙しくて、列を作って並んでまで食事を取ろうとはしません。こうしたニーズに応えるために“うまい、はやい”が自然と鍛えられ、現在に引き継がれているのです」。

“はやさ”の秘密は、特徴的な馬蹄型(U字型)のカウンターにある。メニューを限定し、カウンターの外側に座ったそれぞれの客に、内側のスペースから従業員が対応することで動線の無駄をなくし、注文から商品が出されるまで1分以内というスピードを実現した。また、食材の種類を絞り運営を効率化することにより、安さも実現している。

アメリカンスタイルの普及

吉野家は日本企業として初めて、海外で牛丼店の展開に乗り出し、1975年に、世界有数の牛肉生産地として知られるアメリカのデンバーに海外1号店を開店した。しかしすぐに吉野家のスタイルがアメリカ人に受け入れられたわけではなかった。木津氏は当時の模様をこう話す。

「適度な薄味のタレはアメリカでも上々の評判を得たのですが、日本で有効だった馬蹄型のカウンターが、アメリカには、馴染みませんでした。日本に比べ、メニューの数が多い方が好まれ、その分、作業や材料の置き場が必要になります。また、家族連れや友人連れなどグループが多いため、馬蹄形のカウンター席では、皆が並んで食べられない場合もあったためです。

そこで、アメリカでは古くからお馴染みのハンバーガーショップなどのファーストフード店で採用されているウォークアップ方式に切り替えました。注文カウンターで注文と支払いを済ませ、牛丼やドリンクを受け取って自分の好きな席で食べるというスタイルです。また牛丼を盛る器についても、日本のような丼はやめて、発泡スチロール製の容器に変えました。これにより、アメリカでニーズの高い商品のテイクアウトがよりスピーディーに行えるようになったのです。メニューについても、牛丼のほか、日本にはないチキンボウルを加えました。ビーフとチキンの両方が食べられる“コンボ”は最も人気があります」

その後、アメリカ以外でも、中国、台湾、香港、シンガポール、フィリピン、インドネシアといったアジアの国や地域にも続々と進出して好評を得ている。

「アジアに進出するに当たっては、カウンターのスタイルやチキンボウルなどのメニューなど、アメリカのビジネスモデルを採用しました」と木津氏は言う。

アメリカではハンバーガーと同様ファーストフードの1つとして、中国やアジアでは家族や友人と楽しんで食事ができる場としても好評を得ている。香港では、昼食・夕食時間以外に、カフェとしても利用されている。「結局、吉野家が受け入れられたのは、同じ日本食でも会席料理のような高級料理ではなく、気軽な食事として食べられるからだと思います」と木津氏は言う。

2011年8月にはタイにも出店、今後、中国の未進出エリアや東南アジアの国々での店舗展開に力を入れていく。将来的には、ヨーロッパ諸国で事業を展開する構想もある。世界のどこへいっても日本人が親しむ牛丼が食べられる日も近そうだ。

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