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連載|科学・技術

細胞シートで心筋再生(仮訳)

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心臓病治療の分野で、細胞シートを使って心筋を再生するという日本で生まれた画期的な治療法が注目を集めている。これまで心臓移植や人工心臓に頼らざるを得なかった重い心臓病患者が、この新しい治療法で健康を取り戻しつつあるのだ。佐々木節が報告する。

細胞シートとは、患者自身の細胞を培養し、0.1ミリ程度の薄いシート状にしたもので、1990年に東京女子医大の岡野光夫教授のグループが世界で初めて開発に成功した。この成功にいち早く関心を示したのが、大阪大学病院で心臓血管外科を担当する澤芳樹教授である。

「いまから12年前、日本人工臓器学会で細胞シートの研究成果を知り、自分の専門分野である心臓病治療に活かせるのではと思い、すぐに共同研究を申し込みました。岡野教授からは快諾をいただきました。当時、細胞シートの可能性はまだ評価されておらず、おそらく臨床への応用はわれわれが初めてだったと思います」と澤教授は言う。

 まずネズミから始まり、豚などの大型動物での実験を重ねていくうち、澤教授はこの細胞シートが想像以上に効果を発揮することを知る。そして、2007年からは実際の心臓病患者への臨床研究をスタートした。


新しい治療法の効果

研究グループが開発した方法は次のようなものだ。まず患者の足から骨格筋の発生初期段階にある筋芽細胞を取り出し、直径約5センチのシート状に培養する。そして、これを4枚重ねて患者の心臓6箇所ほどに貼り付ける。すると心臓に新たな血管網が形成され、筋芽細胞シートから出されるタンパク質などにより、弱っていた心筋細胞が活性化していくのである。

 それ以前にも培養した筋芽細胞を心臓病の治療に使うというアイデアはあったというが、いずれも心筋に直接注入するという方法を採っていた。しかしこの方法は、期待通りの効果を得られない、また不整脈などのトラブルを引き起こす等のケースもあった。澤教授のグループが手がけた細胞シート移植手術は5年間で14例ある。いずれも重症の心臓病患者、あるいは心臓移植を待つため人工心臓を埋め込んでいる患者だったが、全員が無事退院し、なかでも3分の2の人は人工心臓を取り外せるまで劇的に症状が改善したという。

「骨格筋と心筋では筋肉としてのタイプが違うため、骨格筋の筋芽細胞シートそのものが拍動するようになるわけではありません。しかし、そこは患者自身の細胞であるため免疫拒絶反応の心配がなく、心臓の細胞にさまざまな刺激や栄養を与え、弱っていた心筋が元気を取り戻していくのです。いわば心筋の応援部隊と言ってもいいでしょう」と澤教授は言う。

 そもそも心臓移植の場合、他人の臓器を利用するため、生涯にわたって免疫抑制剤を服用しなければならず、その費用は年間数百万円にも達する。また、人工心臓の場合、システムが非常に高価なうえ、そのメンテナンスなども欠かせない。病室から出て日常的な生活を取り戻すのは難しく、あくまで心臓移植を待つ間の橋渡し的存在にすぎない。その点、この細胞シートを貼り付ける手術は、手術そのもののリスクが小さいうえ、心臓機能の回復もめざましい。

おそらく患者たちは、自分の体の組織を使って病気を克服できたことによって、身体ばかりでなく、心まで元気に、明るく、前向きになるのだと澤教授は考える。患者たちの前向きな変化を目にすることは澤教授の大きな喜びとなっている。


商用化に向けて

 こうした臨床研究での好結果を受け、今年2月、医療品メーカーのテルモでは細胞シートによる心筋再生治療の治験を開始すると発表した。大阪大学などと協力して製品化を進める考えだという。さらに澤教授らは、心臓の鼓動に合わせて収縮を繰り返す細胞シートの開発を進めるため、足の筋芽細胞の代わりにiPS 細胞(人工多能性幹細胞)を使った細胞シートの研究にも着手している。もしこれが実現すれば、現在の細胞シートでは回復不能なレベルまで機能が低下した深刻な心臓病の治療にも、光明が見えてくる可能性があるという。

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