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Highlighting JAPAN

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連載|日本の伝統を受け継ぐ外国人

より少なく、より豊かな世界(仮訳)

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能は歌舞伎と並び、日本を代表する芸能だ。14世紀に完成した舞台劇で、現存する最古の演劇と言われている。2001年にはユネスコの無形文化遺産にも指定されている。能を、長年にわたって学んでいるのが、リチャード・エマート氏だ。エマート氏に松原敏雄が話を聞いた。

能が演じられる舞台は約5メートル四方の板張りで、幕や大きなセットもなく、極めてシンプルだ。主な登場人物は、亡霊、神、鬼、妖怪などの役を演じるシテ(主人公)と、人間を演じるワキ(相手役)だ。シテはその役に応じて、若い女性を表す面、鬼を表す面などを付ける。音楽は、場面の情景や人物の内面を謡う「地謡」と呼ばれる合唱隊、大鼓や能管(笛)などの楽器の演奏する「囃子」で構成される。能の物語は、歴史や神話をベースにした幻想的で悲劇的な内容で、シテとワキのやりとりを通して人間の本質や情念を描き出す。

その能に魅せられ、40年以上にわたって能を研究しているアメリカ人が、武蔵野大学文学部教授のリチャード・エマート氏だ。

エマート氏と能との初めての出会いは、1969年、インディアナ州のアーラム大学2年生の時にさかのぼる。ごく軽い気持ちで参加した能のゼミで「聖フランシス」という英語能を上演することになり、彼の発声と身のこなしが買われエマート氏がシテを演じることになったのだ。

英語能は海外でまったく知られていなかったが、公演は成功を収め、フォード財団の支援のもとで記録映画にもなった。エマート氏は70年に日本の大学に1年間留学して、尺八などの日本の伝統音楽を学び、アーラム大学卒業後、73年に再来日して、日本の伝統音楽や能を学び続けることにした。そして、たまたま、自らが出演している「聖フランシス」の上映会が東京で行われることを知り、その上映会に足を運んだことが、エマート氏の運命を決定づけた。

この記録映画の主催者は、日本でも「聖フランシス」を公演したいと思っていたのだ。そして目の前に現れたエマート氏に、ぜひ音楽監督を引き受けて欲しいと協力を求めた。どうせやるなら、伝統にのっとった本物の音楽にしたい。そのためには能を徹底して学ぶ必要がある。そう思ったエマート氏は、以降、憑りつかれたように能にのめりこんでいくのである。

翌74年からは東京藝術大学音楽学部に入り、能を研究した。それと同時に、仕舞(舞いや動き)、謡(うたい/歌)の稽古は継続し、さらに、小鼓、大鼓、太鼓といった能の楽器の本格的な稽古を始めた。

「能は“緊張感のある静けさ”の中で舞い、そこにはエネルギーが満ちています。舞いの中に流れているのは“tension”ではなく“intensity”なのです。そして、その“intensity”を生み出すのが様式です」とエマート氏は言う。「能では普通に歌ったり動いたりといった写実的な表現は一切使わない。すべては定められた様式にのっとって表現されます。オペラやダンスにも様式表現はありますが、ここまで徹底した様式が求められる芸術は他にありません」

エマート氏は80年代からは英語能の普及にも力を注ぎ込み、様々な英語能の作曲と音楽監督や演出を手がけてきた。また91年からはアメリカのペンシルバニアやイギリスのレディングでワークショップである「Noh Training Project」を、2000年には外国人や外国に住む日本人で構成する能のパフォーマンス集団である「Theatre Nohgaku」を立ち上げた。

Theatre Nohgakuは2002年から英語能の公演を開始し、今までにアメリカ、イギリス、アイルランド、フランス、北京、香港、そして日本でツアーを行っている。

「無駄をどんどんそぎ落としながら、能ならではの“Less is More”の世界(より少なく、より豊かな世界)を表現したいのです。まだまだ長い年月がかかるでしょうが、いつか英語能がオペラのように広がる日がくれば素敵ですね」とエマート氏は言う。

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