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Highlighting JAPAN

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特集世界遺産──日本文化をのぞく

世界に広がる歌舞伎(仮訳)

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2012年は日本・イスラエル外交関係樹立60周年にあたり、国際交流基金の主催による歌舞伎舞踊のイスラエル公演がエルサレムとテルアビブで実施された。このイスラエル公演をはじめ、海外での歌舞伎レクチャーやワークショップに積極的に参加する歌舞伎役者の一人、中村京蔵さんにジャパンジャーナルの澤地治が話を聞いた。

「祖母は歌舞伎が大好きで、物心ついた頃から、祖母に連れられて歌舞伎を見に行っていました」と歌舞伎役者の中村京蔵さんは言う。「歌舞伎の舞台や衣裳は美しいし、音楽を聞くとわくわくするし、ストーリーが分からない子どもの私も感覚的に歌舞伎に魅了されてしまったのです」

歌舞伎は、歌舞伎役者の世襲によって受け継がれているが、京蔵さんは歌舞伎役者の家柄出身ではない数少ない歌舞伎役者の一人だ。京蔵さんは、大学卒業後に国立劇場の歌舞伎俳優養成所で学び、その後、女方の大御所、四世中村雀右衛門さんの弟子となった。

歌舞伎の一つの特徴は、男性が女性を演じる女方の存在だ。女方は世界のあらゆる演劇や舞踊に存在していたが、現代まで残っているのは歌舞伎だけと言われている。女方は衣裳や化粧だけで女性らしさを表現するのではない。

「師匠から教わったことの一つは、女方としての体の使い方です。師匠から『内臓を動かしなさい』と言われ、最初は、それがどのような動きなのか、まったく分かりませんでした。長い時間が経って、それが体の内側から湧き出るような柔軟な動きであることが、ようやく分かってきました」と京蔵さんは言う。「女方は、単に女性のまねをするのではなく、男性の肉体と感情を残しながら、女性を演じるのです。男性から見た象徴的な姿が女方なのです」

京蔵さんは、日本だけではなく、海外でも歌舞伎を演じている。これまで、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、中米の19の国・地域の41都市を訪れている(歌舞伎以外の現代劇とのコラボレーション公演も含む)。

海外では日本での公演と同じような環境で舞台を演じることはなかなかできないため、苦労も多い。例えば、日本の歌舞伎の舞台床は、木の板が張られ、水平だが、海外ではオペラが演じられる傾斜舞台で公演することも多い。中米では、冷房のない高温多湿な中で、汗びっしょりになって演じたこともあれば、高度に位置するアメリカのデンバーやメキシコのメキシコシティでは、その空気の薄さに苦しめられた経験もある。

「メキシコシティでは楽屋に酸素ボンベを用意して演じましたが、本当に苦しかったです。でも、そうした苦労もお客様から万雷の拍手を頂くと、忘れてしまいます」と京蔵さんは言う。「普段は、歌舞伎を上演する舞台でないところで、歌舞伎の空間を作る工夫をすることも、楽しみです」

海外公演の時は、歌舞伎に関するワークショップを行い、人々の歌舞伎への理解を深めるように努めている。特に女方への人々の関心は高い。京蔵さんは観客に、笑う演技や泣く演技で女方らしい淑やかな仕草を教え、それらを一緒になって演じる。

「先人の方々の大変な努力のお陰で、kabukiは世界共通語になっていると思います」と京蔵さんは言う。「まだ訪れたことのない国や都市で歌舞伎を演じ、歌舞伎の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたいです」

京蔵さんは、1月26日まで、東京の新橋演舞場で「壽初春大歌舞伎」公演の夜の部(午後4時開演)に出演中。

なお、歌舞伎公演の中心となる劇場、東京の銀座の歌舞伎座は現在、建て替え工事中で、4月2日に新しい歌舞伎座が開場する予定。

無形文化遺産としての歌舞伎

無形文化遺産保護条約は2003年のユネスコ総会で採択された。2012年12月現在、148カ国が締約している。無形文化遺産保護条約では無形文化遺産を「慣習、描写、表現、知識及び技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文化的空間」としている。日本は2004年に無形文化遺産保護条約を締結、21の無形文化遺産が登録されている。このうち、歌舞伎は、能楽、人形浄瑠璃文学とともに、2008年に、日本で最初の無形文化遺産として登録された。

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