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Highlighting JAPAN

最深をクリアに探査する

日本の中小企業の技術を結集して開発された無人海底探査機「江戸っ子一号」で800気圧対応ガラス球を開発製造した岡本硝子は、フルデプス(海洋深層部)対応である1,200気圧に耐えうるガラス球開発にも成功した。

古くは信号機の電球カバーや自動車前照灯ガラスなどの照明部品から、最先端の光学フィルター、光通信用多層膜フィルターまで、特殊ガラスの開発製造を行う岡本硝子株式会社。デンタルミラーやプロジェクタ用反射鏡では世界トップシェアを誇るなど、長年にわたって培ってきたノウハウと熟練の技術で世界をリードしてきた。

2012年から取り組んでいる無人海底探査機のプロジェクト「江戸っ子一号」では、これまでの技術力を活かしつつ、まったく新しい世界にチャレンジする。日本の中小企業の技術を結集して作り上げる当プロジェクトの核ともいえる、深海の水圧に耐えられるガラス球開発を担当した。

江戸っ子一号プロジェクトで開発された無人海底探査機は3つのガラス球から成り、それぞれの球の中には、真っ暗な深海を照らす照明、撮影用のビデオカメラ、それらを駆動させるためのバッテリーが搭載されている。そこに錘をつけて海底に沈め、観測後は自ら錘を切り離して浮上してくるという仕組みだ。

当初、江戸っ子一号で使用するガラス球はドイツ製かアメリカ製の輸入品になる予定だった。その頃海底探査機用のガラス球を製造している会社は、世界にその2社しかなかったからだ。それでは純国産とはいえないが仕方ないと諦めかけたとき、「うちなら作れる」と岡本硝子が名乗りをあげた。江戸っ子一号が目指していた水深8000メートル、800気圧に耐えうるガラス球を作ることが岡本硝子に課せられたミッションだった。

「最近では、軽くて安くて作りやすいプラスチックに押されて、ガラス製造会社が激減しています。しかし、プラスチックでは800気圧には耐えられませんし、ガラスならばセラミックやチタンよりかなり安く深海に耐えられる容器を作ることができます」と、岡本硝子 海洋・特機事業部の豊山竜児氏はガラス球の強みをそう話す。

といっても、海洋関連の製品に携わったことなど皆無だった。それほどの耐圧性能を要求されたこともない。そこで、アメリカとドイツから使用済みのガラス球を入手。破損の状態を徹底して解析し、解析結果からより丈夫な形状を設計して試作、耐圧試験を繰り返した。シミュレーションや解析技術についてはJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の協力を得た。

ガラス球は半球をくっつけて球状にするのだが、その接合部分である通称「赤道」だけが破損するのだとわかった。そこから「高圧でも破損しない赤道の形状」に的を絞って設計に取りかかり、プロジェクト参画から1年4カ月後の2013年8月に800気圧耐圧のガラス球開発を成功させた。2013年11月、日本海溝の水深7,800メートルに沈められた江戸っ子一号2基、4,000メートルに沈められた1基とも、無事ミッションを果たしたのだ。

水深8000メートルという目標を達成したところで、次のターゲットとしたのは「フルデプス(世界最深)」といわれるマリアナ海溝チャレンジャー海淵の1万911メートル。1200気圧対応を目指して開発を進め、2015年11月、1200気圧対応の13インチ(直径32センチメートル)ガラス容器の開発に成功。JAMSTECの試験装置での耐圧試験に合格した。

岡本硝子では、今回の成果を世界展開することも視野に入れ、海外の海洋系イベントなどにも出展していくという。もちろんフルデプスも実現させたい目標のひとつだが、「1200気圧の耐圧性能が活かせるのは深海だけではありませんから、未知の分野にもチャレンジしていきたい」と豊山氏は意欲的だ。