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Highlighting JAPAN

ピリッと風味豊かな日本の根――わさび

わさびは、日本を象徴する調味料だ。すりおろされた滋養分が口内へもたらす心地よい刺激は、他の何物にも代えがたい。

もしあなたが寿司や刺身を食べたことがあるのなら、間違いなくわさびも口にしたはずだ。日本各地の渓流に自生するわさびは、古くから抗菌作用や消臭効果を持つ薬草として知られ、飛鳥時代(592-710)から利用されてきたといわれている。美食家として有名な江戸時代(1603-1868)の初代将軍である徳川家康はこの調味料を愛し、門外不出にしたという。そんな彼が生産を任せた土地が静岡県だった。

現在、日本の市場に出荷されるわさびの80%は静岡県で栽培されている。静岡県の中でも一大生産地となっているのが伊豆半島だ。温暖な気候が特徴で、温泉やマリンスポーツが楽しめるリゾート地としても知られている。

「この辺の土地は山がちだ」と、伊豆市を見下ろす急勾配の棚田でわさびを栽培している塩谷広次氏は説明する。山地の冷たい空気の中、勢いよく流れる水と大地が混ざった香りがたちこめており、丘陵の斜面いっぱいに設けられた水田では様々な大きさの緑の芽が育っている。新緑の葉はヤギ1頭が通れるほどの細長い小道で区切られているが、敏捷な農家の人々が作物の状態を調べるには十分なようだ。

「わさびは、本当に水や空気、環境に左右されます」と塩谷氏は語る。この土地の水は驚くほどきれいで新鮮だ。静岡県内で栽培されているわさびは富士山の雪解け水などその土地の自然の恵みが使われている。この細心の注意を要する作物を育てるうえで、もうひとつ困難となるのは栽培にかかる時間だ。この植物は、収穫できる大きさに育つまで1年半から2年間を要する。

山の麓にある伊豆農業研究センターではわさび農家が集まり、栽培にまつわる話に盛り上がる。おすすめの食べ方を教えてほしいと頼むと、それぞれのお気に入りを語ってくれた。複数の人が挙げたのが、わさびと醤油を混ぜ、削り節と一緒にご飯の上にのせた「わさび丼」だ。他にも焼肉と一緒に味わうのが好きな人もいれば、自分のおじいさんが朝食のみそ汁の中にわさびを入れていた様子を思い出す人もいた。またある人は、「ネギトロにわさびをたっぷり入れて――泣きながら食べる」のが好きだと答えてくれた。

研究センターのすぐ近くに「伊豆の佐太郎」という小さな郷土料理店があり、また別のわさび農家の人が薦めてくれたのは、ここのランチで提供されている手打ち蕎麦だ。新鮮なわさびが直接蕎麦の上にすりおろされた状態で出てくる。鮮やかな緑色をしたわさびが歯ざわりの良い蕎麦に細かく絡みついており、甘みと辛みの新鮮でシャープなバランスを演出するうえで蕎麦は理想的な舞台だといえる。その刺激が直接鼻を突き、思わず瞬間的に息を吸い込んでしまう。

さらに道を富士山の方へ進むと、日帰り客に人気のわさび商品を専門に取り扱う市場「三島わさび工場」がある。「三島わさび工場」は、静岡のわさび商品を供給している山本食品の直営店だ。4代目社長の山本豊氏は、訪問客たちに伊豆を、より具体的にいえばわさびを体験してほしいと願っている。「わさびは様々な意外な料理や、美味しい料理に使っていただけます」と山本社長の兄弟である山本勲氏は語る。「わさびは刺身だけでなく、お肉やチーズといった他の食品とも相性が良いのです」。同社で最も人気のある商品のなかには、わさびマヨネーズや、わさびとえびの煎餅、わさび粉末をオリーブオイルに入れて作られたオイルふりかけなどがある。

わさびという植物は全体がスパイシーだが、おなじみの緑色のペーストを作るために最もよく使われるのは、この植物の茎にあたる根 (根茎) だ。そして、この部分をすりおろすにはきちんとした方法があると豊氏は説明する。まず、葉っぱを切り落とすのではなく、てっぺんから剥くようにして取る。こうすることにより、貴重で美味しい香りの強い部分を無駄にしないで済む。そして、上質なすりおろし器、できればわさび専用に作られたものを使う。そして最後に、彼が言うには「ゆっくりと、輪を描くように、笑顔で」すりおろさなければならない。これは滑稽に聞こえるかもしれないが、きわめて重要なことだと彼は語る。穏やかで幸せな気持ちですりおろすと、口当たりが良く、やさしい食感が生まれ、急いでいたり怒っていたりすると、雑でバラつきのある味になってしまうのだという。

次に向かった先は、静岡に並ぶわさびの産地、長野県。雄大な自然を有する長野県は、東京からも新幹線で約1時間半とアクセスも良く、スキーや温泉、ハイキングなどを楽しむため、休暇には多くの人々が訪れる。

大王わさび農場は、長野県の安曇野にある。わさびにかけてはこちらも引けを取らない。15ヘクタールにもおよぶ農場で年間約130トンのわさびが生産されており、これは国内総生産量の約10パーセントにあたる。日本北アルプスからの雪解け水が流れ込む農地は棚状ではなく平らで、わさびは小石混じりの土で作られた畝に植えられ、その間を水が流れている。

絵画のように美しい農場は年間を通じて訪問客を受け入れており、人によってはこの農場の一部が黒澤明の映画『夢』に使われていたことに気づくかもしれない。なだらかに起伏する緑のわさび田や、澄んだ水面をきらめく光に加え、水車や草葺き屋根の小屋、木造の橋、小さい神社などもある。そして、わさびマスターである濱 重俊氏もいる。彼は毎朝わさびの様子を点検している。ナイフとすりおろし器、温度計をベルトに着け、ゴム長靴を履いた濱氏は、水温が適正 (ほぼ一定の13 ºC) に保たれているか、そして日光と日陰がちょうど良い加減に植物の上に当たっているかを確かめる。

訪問客は農場を散歩するだけでなく、わさび漬け作りも体験できる。これは日本酒の製造時に出る酒粕と、わさびの葉や上部の茎を刻んだものを混ぜて作る調味料だ。わさび漬けは、単に白米の上にのせても、丼ぶりにしても、ご飯によく合う。農場内には、わさびを使った食品を味わうことができる場所もいくつかある。屋台が集まったフードコートでは、わさび入りのコロッケやソフトクリームが提供され、カフェテリアでは、わさびカレーやわさびビール、特製のわさび丼が楽しめる。このわさび丼には地元産の美味しい米が使用され、その上には削り節や白ゴマ、わけぎ、きざみのりがかけられており、わさびの茎で作った漬物も付いてくる。そこにかけるのが、醤油と贅沢な量のおろしたてわさびだ。ここではすりおろし器と一緒にわさびが丸々1本提供される。

「わさびはすりおろして3分以内が最高に美味しいのです」と濱氏は話す。食べる直前にすりおろされた、飛び切り新鮮なわさび。これは驚くべき体験だ。ガツンと来るものの、チューブ入りの商品でははっきりと伝わってこない微かな甘みもある。「わさびは辛さだけではありません。甘みも大変重要なのです」と濱氏は付け加える。

わさびの産地での様々な体験は、これまでのわさびに対する印象を変えた。わさびとは調味料の枠を越え、人々の愛によって育てられたものなのだ。