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Highlighting JAPAN

高知のプライド

カツオのたたきは、高知の最も有名な、そして自慢の料理である。

大谷将一郎さんが手際よく上下する熊手のような器具を橙赤色の炎が包む。あぶりながら回転させるのは高知県を代表する郷土料理の魚の切り身だ。

カツオのたたきをあぶる時間はわずか数分。大谷さんが手製の刺身包丁を使い、あぶった切り身を巧みに1センチ幅に切り分けるのはもっと早い。

「数も数えないし、タイマーも使いません。経験で培われた勘です」と大谷さんの師匠である84歳の田中穰作さんは言う。田中さんは中土佐町にある家族経営の魚屋、田中鮮魚店でこの高知の珍味を65年間あぶり続けている。「コツは外側の1ミリだけにあぶりを入れること。それ以上あぶるとただの焼き魚になってしまいます」

カツオのたたきの起源は定かではないが、最初に作ったのは坂本龍馬とも言われている。坂本龍馬は19世紀の有名な志士であり、福岡で外国人が肉をあぶっているのを見て、この調理法を取り入れたという。

坂本龍馬は、土佐藩と呼ばれていた時代の高知県に生まれた。「カツオのたたき」として知られるこの料理は、今でも「土佐造り」とも呼ばれている。

カツオは日本周辺の多くの海で獲れるが、中土佐の久礼湾沖でこの地方の「一本釣り」の漁師がつり上げたカツオは一級品とされる。水質、水温、そして良好な「なぶら」(魚群)が相まって、高知はカツオにとって完璧な環境になっていると、田中さんは言う。

「ここで獲れるカツオは、適度に脂が乗っていて特に上物なのです」と田中さんは言い、この料理の特徴の1つは、切り身をあぶった後すぐに氷水に浸して加熱を止め、藁焼きの甘く、いぶした風味を保つことだと付け加えた。

もう1つの特徴は、カツオと共に供される数々の薬味だと、現在田中鮮魚店を仕切る田中さんの息子の隆博さんは言う。

薬味には、海塩、刻みネギ、極薄切りの地産のニンニクなどを使う。このニンニクは繊細で、香しいほどの心地よい後味が特徴である。

「にんにくなどを加えるのは、美食的な思いつきではありません。昔からこの地域で収穫できる唯一の食べ物だったのです」と隆博さんは言う。隆博さんは慶応大学を卒業後、大企業に就職したが、30歳で会社を辞め、130年続く家業の再建に取り組んだ。

面白いことに、隆博さんによるとここ30年間で日本人の多くがマグロを魚介の王様とみなすようになったが、かつてその称号はカツオに与えられていたのだという。

「カツオには、本マグロやその他のマグロに比べて、はるかに複雑で深い味わいがあります」と隆博さんは言い、この地域のカツオの主な漁期は3月から7月と付け加えた。「その後カツオは水温が低い海域へと北上し、そこで大きくなり脂も増すので味の深みとバランスが変わるのです」

隆博さんの父である穰作さんは、幼い頃に、地元の漁師が獲った魚を妻たちが久礼大正町市場付近の露店で売っていたことを思い起こす。「50人くらいの女性たちが海産物を売り、中にはカツオのたたきもありました。それでこの辺りは町の台所として知られるようになったのです」

現在売り子の数は半減しているが、郷土料理の振興によりこの地域を再活性化しようとする隆博さんの努力は奏功し、田中鮮魚店は日々500キロものカツオをあぶり、津々浦々から久礼大正町市場に押し寄せる訪問客に提供している。

このトレンドは他の店にも見られる。例えば、隣接する須崎市にある素敵なレストラン「山さき」では、川崎正義さんと理絵さんが酸味のあるポン酢だれにつけて食べるカツオの巻物など種類豊富なカツオ料理をふるまっている。

一方、高知市内を車で少し移動した場所にある客でにぎわう「ひろめ市場」には、2軒の華やかなカツオのたたきの店があり、両店ともガラス張りのカウンターを構え、客の目の前でカツオに火を入れてあぶりながら、料理が準備される。

「ちょっとしたショーのようなものですが、お客様は楽しんでくれますし、あぶりの難しさや、魚がいかに新鮮かを自分の目で確かめてもらえます」と明神丸ひろめ市場店店長の藤本慶さんは、カツオをあぶる手を休めてコメントしてくれた。藤本さんによると、あぶりの技術の習得には2年を要するという。「カツオのたたきは日本の多彩な食文化の中でも独特の料理であり、高知県民の最大の自慢の1つです」

田中穰作さんもこれに同意して、最大限に楽しむには新鮮なうちに食べるしかないと付け加え、「そのためには高知に来てもらわないといけません」と話した。