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Highlighting JAPAN

すべての人にきれいな水を

世界的にますます深刻化する水不足を解消するために、革新的な造水材料・水循環システムが求められている。その一つの答えとなる簡便かつ高性能な造水用膜の生成方法が開発された。

近年、世界的な人口増加や温暖化による気候変動などの影響を受け、世界的に水不足や水質汚染が深刻さを増している。また、食糧増産に必要な農業、工業用、エネルギー分野でも水の使用量が増大している。

地球は「水の惑星」とも呼ばれることもあるが、その水の97.47%は塩水で、淡水は2.53%。2.53%の淡水のうち、1.76%は南極などの氷床や氷河として存在し、残りは地下水を含めて0.76%。人間が利用しやすい河川や湖沼の水は、残りのわずか0.01%に過ぎない。1

水の問題は、2015年に国際連合で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」でも取り上げられ、目標6で「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」と定められている。(2017年9月号参照)

これまで、水の問題を解決するために、例えば海水の淡水化、河川水の有効利用技術に世界が取り組んできた。技術の中心となるのは高分子膜を使った高度水処理である。しかし地球規模で進行する水資源不足に対応するためには、水処理膜の耐久性をより高めること、造水の消費エネルギーやランニングコストを大きく下げる「革新的な水処理膜」の開発が求められている。

2017年8月29日、信州大学アクア・イノベーション拠点の研究グループ(研究リーダー・遠藤守信信州大学特別特任教授)は、簡単な生成方法で、高度な塩化ナトリウムや色素除去が可能な、「酸化グラフェン/グラフェン ハイブリッド積層膜」による水分離膜を開発したと発表した。グラフェンとは、炭素原子1個分の厚さしかない炭素の平面状物質のことである。この成果は、同日付の英国科学誌「ネイチャー ナノテクノロジー」に掲載された。2

グラフェンなどのナノカーボン3は、優れた物理的・化学的機能を有する先端材料で、強じん性を備えた新規高性能造水膜の材料としても期待され、世界中で関連研究が活発に行われている。最近、ナノカーボンの一種である酸化グラフェンを用いた水処理膜について、英国マンチェスターの研究グループから論文が発表され、国際的にも大きな関心を集めた。しかし、英国の研究グループが開発した膜は高圧力水流下では弱く、必要とされる大型膜生成などにおいて実用に適さないなどの課題があった。

今回、遠藤教授らの研究グループは、グラフェンと酸化グラフェンを複合して、積層ナノ構造を巧みに調製することで、大面積化が容易で高度な水処理機能を持つナノカーボン膜の開発に成功した。

遠藤教授は、今回開発したナノカーボン膜の製法について次のように説明する。

「最適に配合した酸化グラフェンとグラフェンの混合液を、極薄のスポンジのような多孔性基材上にスプレーすると、ちょうど厚さ数十ナノメートル(1ナノメートル=100万分の1ミリ)の薄い活性膜が自律的に形成されます。この膜によって、食塩水中の塩分や水中の色素を、高い選択性で除去することができるのです」

今回開発した膜は、5.5MPaの高圧力下でも安定した透水が確保されるなど、ナノカーボン材料特有の高い強じん性(耐薬品性や耐熱性など)を有している。また、製法がシンプルなため、大面積の膜を低コストで簡便に製造できるメリットがある。さらに、この製法で作られた膜は、目的に合わせてたやすく膜の構造と機能を制御することが可能なため、汽水や海水の淡水化だけでなく、随伴水(原油・天然ガスの採掘に伴い副次的に生産される水)処理や、薬品、化学、食品加工工程など他への応用も期待できるという。

「今後は、膜のナノ構造の高度な制御によって透過物質の選択性に加え、脱塩率や透水性のさらなる向上を図ることで、次世代の革新的な水分離膜としてブラッシュアップを進め、1日も早い実用化を目指したいです」と遠藤教授とAaron Morelos-Gomez氏は更なる研究の発展に意欲を見せる。

先送りできない地球規模の課題の解決、誰もがきれいな水を手に入れられる社会の実現に道を開く挑戦的研究は続く。



(注)
1 淡水データ:http://www.mlit.go.jp/common/001044443.pdf
2 この研究成果は、科学技術振興機構(JST)が推進するセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラム「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」のプロジェクトから得られた。同プロジェクトは、「活気ある持続可能な社会の構築」という将来ビジョンのもと、信州大学を中核機関として、革新的な造水・水循環システムの構築を目指す研究開発を行っている。
3 ナノカーボンは、炭素原子で構成される制御されたナノスケール(100万分の1ミリのスケール)の構造を有する炭素物質。