Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan January 2018 > 活躍する外国人

Highlighting JAPAN

逗子で愛される蕎麦屋

学生時代、蕎麦と出会った一人のバングラデシュ人が日本の伝統的な製法にこだわった蕎麦を提供し、人気を集めている。

古都鎌倉に近い神奈川県逗子市に、地元の人たちから愛されている蕎麦の店がある。店主はバングラデシュ出身のムハンマド・チョウドリさん。材料の仕入れ、仕込みから蕎麦打ちまで、チョウドリさんが一人で店を切り盛りしている。

人気の理由は、チョウドリさんが、美味しい蕎麦の基本である「挽きたて、打ちたて、茹でたて」にこだわってきたことにある。「蕎麦粉は挽いた瞬間から劣化し始めますから、その日に提供する分だけを毎朝挽いています」とチョウドリさんは話す。

彼の店には粉挽き用の石臼の製粉機があり、これで蕎麦の実を挽く。店の名前も『石臼そば』である。

日本の伝統的な食の一つである蕎麦は、蕎麦粉に水を加えて練り合わせて生地を作り、それを麺棒で薄く伸ばして細く切って茹であげ、汁で食べる。

チョウドリさんの蕎麦との出会いは、バングラデシュの大学で経済を専攻し、日本へ留学した1996年に遡る。この時師事した教授が、チョウドリさんや他の留学生たちをよく蕎麦を食べに連れて行ってくれたのだ。

「バングラデシュ料理は、いろいろな食材をたくさんのスパイスを使って調理するので美味しいです。一方、蕎麦は原料も調理法もすごくシンプルなのに、とても美味しいので驚きました。蕎麦を食べながら教授が話してくれる蕎麦や日本文化の話も、とても面白かったです」とチョウドリさんは話す。

それからというもの、チョウドリさんは、時間を見つけては図書館に通い、蕎麦の本をたくさん読むようになった。蕎麦にはルチンが豊富に含まれて健康に良いとされること、蕎麦を打つには繊細な技術が必要なことなど、蕎麦に関する知識が増えるにつれ、チョウドリさんは自分でも蕎麦を打ち、やがては自分の店を持ちたいと思うようになった。

チョウドリさんは蕎麦打ち職人に教えを請いに行ったものの、日本人でも厳しい職人の修行を外国人が続けられるはずがないと断られ続けた。それでも諦めなかったチョウドリさんを受け入れてくれたのは、ある製粉会社だった。チョウドリさんはその会社で、蕎麦粉の性質や扱い方、蕎麦打ちの基本を学び、その後は紹介された蕎麦店で本格的な修行を積んだ。そして2002年、海も山も近くにあり、どことなく故郷の風景に似ていて、店を出すならここだと決めていた逗子に、念願の蕎麦の店を構えた。

開店当初は、蕎麦打ち職人が外国人と知ると帰ってしまう客もいたが、一度チョウドリさんの蕎麦を食べた客は店に通うようになり、「おいしい」と評判になった。自信を持ったチョウドリさんは、その三年後、知人に逗子店をすべて任せ、横浜に2店目を出店した。しかし、ほどなく逗子の常連客たちから「味が変わってしまった」という声を聞き、結局2011年には横浜の店を閉め、改めて逗子に店を開くことにした。

「例え同じ打ち方をしていたとしても、蕎麦は打ち手が変わると味も変わってしまうことが分かりました」とチョウドリさん。「それだけではありませんでした。私の体調も蕎麦の味に反映されるのです。ですから毎日、身体と精神の健康を保つように努めています」

チョウドリさんは毎朝6時から蕎麦の実を挽き、その日の温度と湿度を測り粉に加える水を微調整して蕎麦を打つ。蕎麦汁は、昆布、椎茸と3種類の鰹節を煮込み、2日間かけてじっくり出汁をとっている。これだけ手間をかけるため、1日に40食しか提供できず、早い日は午後3時には完売してしまう。

「長く通ってくれている常連さんのためにも、蕎麦の質を落とすわけにはいきません」とチョウドリさん。「逗子の人たちは優しく温かい人柄で、2度目に逗子に店を出したときも、お店を改装するときも、常連さんが力を貸してくれました」と話す。

逗子の人たちが味を認め、支え、そして育て上げてきたチョウドリさんの蕎麦。チョウドリさんは美味しい蕎麦を追い求め、今日も石臼を回している。