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Highlighting JAPAN

 

伝統を奏でる琴作りの職人芸

琴は、その大きく雅な姿や美しい音色で海外でも人気の伝統和楽器である。東京の琴職人、金子政弘さんは音の伸びの良い会津桐を用いて、希少な東京琴を一貫生産している。金子さんに、木材や琴作りへのこだわりを伺った。

琴作りの材料や道具があふれ、作成中の琴が所狭しと並べられた工房で、金子政弘さんは「どこに何があるかは、全部頭に入っています」と笑った。一本の木から切り出され、180センチ以上もある琴の本体は龍の体になぞらえて「甲羅」と呼ばれる。べっ甲や象牙、着物地の装飾が施されるなどし、数万円のものから1000万円超になるものもあると言う。「材質や製作者の腕によって奏でる音も値段も全く違うものになるのは、バイオリンと同じ」と金子さんは話す。

木に弦を張った楽器は歴史的に古く、琴と呼ばれるものはアジアにもある。弦の数はそのまま音数を示し、一絃琴から80弦の琴まで存在するそうだ。13弦を持つ和琴(わごん)は、琴柱(ことじ)という可動式の支柱で弦の音程を調節する筝(そう)の一種で、奈良時代に唐から伝わり、雅楽演奏に用いられて発展した。

金子さんは、琴の名職人であった父親から琴作りの技術を継承した。彼の作る東京琴は都内数軒のみで生産される貴重なもので、生産量の多い広島・福山の関西琴とはカーブや寸法が違い、音が比較的まろやかな性質を持つ。

金子さんが琴作りの材料として何よりもこだわるのは木の材質である。「世界に桐はたくさんあるが、生育地によって音の硬さや柔らかさ、響きなどが変わる。日本の会津の桐は音の伸びが良い」。だが桐の選定は容易ではない。琴の製作には木肌を見極めて大きな桐の丸太を購入し、製材して乾かすが、割ってみて狙い通りの木目が出ないこともあれば、予想以上の美しい木目が出ることもある。「琴の木目は、年老いた木の波打った模様ほど味があると評価される。でも良いと思った木目も、削って成形するうちにほんの数ミリの誤差で、一瞬でまるで別物になってしまう。だから木は面白いのですが、会津桐は減っているのが残念です」。金子さんの工房では福島に木材の保管所があり、これまでに金子さんの目利きで選び、製材した貴重な甲羅(琴の本体)がずらりと並んでいる。

本体の桐以外にも、金子さんは素材への旺盛な探究心を発揮する。琴は弦に挟む琴柱や本体の両端である龍頭・龍尾などに意匠が凝らされる楽器だが、かつては象牙やべっ甲、鹿の角や鯨骨が用いられていたそれらも、大量生産やコストダウン、資源保護のためにセラミック素材やプラスティック素材で代用されるようになった。琴作りとは素材を知り抜くことでもあり、金子さんは伝統的な天然素材と新しい人工素材を組み合わせ、美しい音作りの工夫をしている。

時代の流れと共に、琴作りも変化する。金子さんの琴作りの哲学は、伝統的な素材に敬意を持ちながら、道具や素材を貼り合わせる接着剤の部分などには現代の技術をバランスよく取り入れ、琴を早く正確に作ることだと言う。「伝統工芸の世界は衰退する部分もあるけれど、時代に即してより良く変わっていく部分もある。高校生や小学生の琴奏者もいて、彼らは良い音を聞き分ける耳を持っている。若い世代が、良い音と良い楽器を求める熱を持ってくれているのは嬉しいね」。木材や天然素材の奏でる美しい音がこれからも若い世代に受け継がれていくことを、金子さんは期待している。