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Highlighting JAPAN

 

田園と市街をコトコト走る、たった8分間の小さな私鉄

和歌山県御坊市を、国道に沿って民家の軒先をかすめるようにゆっくりと走る紀州鉄道は、地元の人たちに親しまれ、鉄道ファンからも支持されているミニローカル列車である。

紀州鉄道は、海・山・川の自然に恵まれた和歌山県の海岸線沿いに位置する御坊市内を走る列車である。御坊市内で暮らす人たちにとって、昔も今も欠かせない重要な交通手段の一つとなっている。2018年で「90周年」と歴史は古く、1928年、国鉄(現JR西日本)の御坊駅から市街までの移動を便利にするべく、地元の資産家たちの協力によって、紀州鉄道の前身である「御坊臨港鉄道株式会社」が設立された。

全長15.5m・定員94名の一両列車は、JR御坊駅の0番ホームから終点の西御坊駅までの約2.7㎞を一日20往復、時速約20〜35㎞というゆっくりとした速度で走行する。時間にすれば、わずか約8分間の小さな列車の旅である。

御坊駅から紀伊御坊駅にかけては田んぼの中を、そこから西御坊駅までは建ち並ぶ民家のすぐそばを通り抜けて走る。のんびりとした田園風景と、レトロで混然とした街風景が、一本の短い路線に凝縮されているのが紀州鉄道一番の魅力である。

3つしかない途中駅の学門駅・紀伊御坊駅・市役所前駅辺りには、役所・学校・病院・図書館などが集中し、主に朝夕は通勤通学、昼は通院の乗客が利用する。利用客数は一日平均約300人だが、雨の日のラッシュタイムは満員となることも珍しくなく、地元の人たちは「なくてはならない鉄道」「しばらく乗らないと寂しくなる」と声をそろえる。「孫が来た時に一緒に乗ったらすごく喜んでもらえる」と目尻を下げる年輩層には、今でも昔ながらの「臨港」と呼ばれ、愛され続けてきた。ほぼ平行した形で国道があり、バスも走っているが、常連の利用客は出発時刻や目的地までの距離を考慮した上で、上手に使い分けている。

最近は、観光目的の乗客も増えてきた。鉄道ファンはもちろんのこと、アニメに西御坊駅周辺が舞台として登場したため、“聖地”としてアニメファンもよく訪れるという。西御坊駅に広がる、本願寺日高別院を中心に門徒たちが集まって形成された町 寺内町も、当時の面影を残しており味わい深い。醤油発祥の地・和歌山でも老舗として名高い「堀河屋野村」では、絶品の醤油や味噌を店内で購入することができ、希望すれば蔵内の見学も可能である。御坊駅から徒歩20分ほどの距離にある、歌舞伎の演目にもなっている「安珍・清姫伝説」で有名な和歌山県最古の寺 道成寺まで足を伸ばしてみるのも良いだろう。

また、紀州鉄道株式会社の副所長を務める岡地重行さんは「乗車した後、お好みの景色と、その中を走る車両を被写体にすれば、きっとお客様にとって特別な写真スポットになるはずです」と語る。途中駅でふらりと降りて散策するのもお勧めである。例えば紀伊御坊駅前の道沿いにある「マル金精肉 本町店」は地元の人々から長年愛され続けている名店である。店頭で揚げてくれる名物の自家製コロッケの素朴な味を堪能しながら街歩きを楽しめば、まだガイドブックにも乗っていない“新しい発見”と出会えるかもしれない。長閑な緑の中と、どこか懐かしい街並みを横断する紀州鉄道に乗れば、そこでの人々の暮らしを味わいつつ、温かみのある旅を満喫することができる。