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Highlighting JAPAN

電力損失を減らす「智慧」

酸化ガリウムを用いた、電力損失が少ない新たなパワーデバイスが開発された。これにより、電気製品の省エネルギー化、小型化に大きく貢献することが期待される。

ACアダプタ、家電製品、電気自動車など大小様々な電気製品には「パワーデバイス」が搭載されている。パワーデバイスは、直流を交流にするインバーターや交流を直流にするコンバーターなど電力変換に使われる半導体装置である。現在、電気製品の省エネルギー化が進む中で、高品質・低コストのパワーデバイスの需要が高まっており、国内外の企業がその開発にしのぎを削っている。

パワーデバイス開発の大きなテーマの一つが、電力損失の低減である。現在のパワーデバイスでは、直流から交流、あるいは交流から直流などに電力変換する時に電力の損失が起こっている。例えば、ACアダプタやコンピュータを使用していると熱を帯びてくるが、これは電力損失により、電気が熱として放出されているためである。日本において電力変換に伴う電力損失の量は、発電電力量の約10%を占めるという試算もある。つまり、それだけエネルギーの無駄が生じているのである。しかし、現在広く使われているシリコン製パワーデバイスは、半導体物質であるシリコンの材料物性の限界から、電力損失をこれ以上減らすことが難しいとされていた。

こうした中、2011年に創業した京都市の株式会社FLOSFIAは、2008年に京都大学が世界で初めて作り出した「α-Ga2O3」(コランダム構造酸化ガリウム)という材料を用い、電力損失が少なく、コストも安いパワーデバイスの開発に成功した。

酸化ガリウムは、炭化ケイ素や窒化ガリウムと共に、シリコンに代わる半導体物質として近年注目を集めているが、従来の半導体製法では高品質・低コストの酸化ガリウムの作製が難しかったため、採算性を伴うパワーデバイスを作ることは極めて困難と考えられてきた。

「大手企業の技術者からは『酸化ガリウムのパワーデバイスを事業化するのは無理』と言われました。しかし、大手ができないからこそ、私たちのようなベンチャーが、いち早く取り組む価値があると思いました」と同社社長の人羅俊実さんは言う。

「α-Ga2O3」を作製するためのコア技術が、「ミストドライ法」である。ミストドライ法は、ミスト状にした原材料の溶液を加熱し気化させ、ガス状態で化学反応を起こさせ薄膜を生成するという方法である。従来の半導体製造とは異なり、高価な真空装置を必要としないので、製造コストは炭化ケイ素比10分の1に抑えることができる。また、シアン化合物などの環境汚染物質も使わないので、環境にも優しい。

FLOSFIAは2016年に「α-Ga2O3」を用いたパワーデバイスを作製、他社のシリコン製パワーデバイスと比較して、電力損失を大幅に削減した。同社のパワーデバイスは、ACアダプタや家電製品への搭載が予定されており、2020年以降には、ロボットやX線装置などの産業機器にも使われることが期待されている。

FLOSFIAの技術は大手企業からも注目を集めている。2018年、同社は自動車部品メーカーと、2025年の完成を目指し、ハイブリット車や電気自動車向けの低損失、低コスト、小型軽量のパワーデバイスの共同開発を始めることを発表した。電力損失を抑えたパワーデバイスを使用することで、走行距離の延伸、車体の軽量化が期待できる。

「α-Ga2O3のパワーデバイス には、産業に大きなインパクトを与えるポテンシャルがあると思っています。今後も、世の中のニーズに応えるデバイスを作り出して、新しい産業創出に貢献したい、それが目標です」と人羅さんは言う。

同社の社名には、智慧 (sophia)を磨き上げ、それを社会に流して(flow)、人類の進歩に貢献するという願いが込められている。同社はその第一歩を今、踏み出そうとしている。