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July 2020

今も愛され続ける東京タワー

東京タワー

東京タワーは高さ333メートル、オレンジ色の三角の立ち姿は東京っ子の心象風景の中心にある。1958年の完成から60年以上を経た今なお、東京のシンボルとして多くの人々から愛され続けている。

ライトアップした東京タワー

2020年12月、港区にある通称「東京タワー」、日本電波塔は開業62周年を迎える。1958年の完成時、東京タワーは、自立鉄塔として世界一の高さを誇った。1953年に日本でテレビ放送が始まって以降、放送局ごとに独自に電波塔を建設していたが、更なる新規参入が見込まれる中、全てのテレビ電波を送信できる総合電波塔が必要になった。この状況に、展望台を備え観光収入も見込める巨大な電波塔の建設を考えたのが、当時の大阪の新聞社社長で、後に日本電波塔株式会社(現在の株式会社TOKYO TOWER)を設立する前田久吉氏(1893年~1986年)だった。彼は、広い関東平野全域に電波を飛ばすためにも、また、大勢の観光客を呼ぶためにも、パリのエッフェル塔を超える世界一高い塔の建設が不可欠だと考えた。

前田氏のアイディアが結実して竣工した東京タワーには、連日1万人前後の人々が訪れ、年間入場者数は400万人近くに達する年もあったという。当時の日本は、高度経済成長期の真っ只中にあり、東京タワーは1964年の東京オリンピック開催や新幹線などとともに、日本の発展の象徴となった。当時は、現在のような超高層ビルもなく、都内の至る所から空に突き抜けるような東京タワーの姿を目にすることができた。いつしか東京タワーは東京の人々の心象風景、東京のシンボルになった。夜にはオレンジ色の光を放ち、その美しさに惹かれる人々も数多い。映画やテレビドラマにも数多く登場し、東京タワーがタイトルになっているものもある。東京タワーは2013年に国の登録有形文化財に登録され、地元の港区では東京タワーの全体像が眺められる場所の認定やその景観を守る規制が行政によって行われている。

株式会社TOKYO TOWERの観光本部で副部長を務める森勇己さんは、「東京タワーは、かつては東京観光に来た人が『一度は登ってみたい』場所でしたが、これからは『何度も訪ねてみたい』場所になっていくことを私たちは目指しています」と語る。

地上デジタル放送を送信する東京スカツリーが完成したことで、電波塔としての役割を終えた東京タワーの新たな時代に向けた取組が進んでいる。例えば開業50周年を記念して2008年に導入された照明装置「ダイヤモンドヴェール」で、乳がんの啓発や、新型コロナウイルス感染症に対応する医療従事者への感謝など、テーマに合わせた色でライトアップし、メッセージを発信し続けている。また、開業60周年の2018年には、高さ250メートルにある特別展望台を改装し、非日常空間を少人数でゆったりと楽しめるトップデッキ・ツアーを始めた。このほか、放送局の施設が退去した地上150メートルのメインデッキ(旧・大展望台)も改装され、様々なイベントや企業の発表会などが行える空間に生まれ変わった。

メインデッキからの景色

「こうした新たな施設や企画とは別に、100年後も、200年後も人々から愛され続けるには、錆や老朽化から塔を守る地道なメンテナンスが欠かせません」と森さんは言う。

中でも重要なのが、完成以来5年ごとに行われてきた塔体鉄骨塗装である。東京タワーは現在もラジオの電波を送信しており、塗装作業が放送に影響しないよう足場を丸太で組み、作業員がハケを使った手作業で鉄塔全体をオレンジと白に塗り分ける。

東京っ子は、東京が大きく発展、変貌する中、変わらぬ姿で立つ東京タワーに、心を寄せ、見守り続けている。