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  • 長崎巌 共立女子大学家政学部教授

September 2020

着物とともに発達してきた日本の布

長崎巌 共立女子大学家政学部教授


日本では、古代から布を織る、染める技術を発達させてきました。それは、着物などに見られる独自の服飾文化の発展に不可欠でした。日本の布や衣服の特徴、歴史について、共立女子大学家政学部教授の長崎巌さんに伺いました。

日本の布の歴史は、いつ始まったのでしょうか。

日本で布がいつから使われ始めたかは正確には分かっていませんが、布は最初、身体を保護するための衣服に使われるようになり、やがて様々な用途に広がっていったと推測されています。布の素材は、縄文時代(紀元前約1万年から弥生時代開始まで)は主に麻、弥生時代(紀元前10世紀頃~紀元後3世紀)には、中国大陸、朝鮮半島から伝わった絹も使われるようになったと考えられます。

その後、布を織る技術が発達するにつれ、身分に応じて衣服に使われる素材や技術が異なるようになります。7〜8世紀には華やかな絹の紋織物が貴族の衣服として広がります。中国の宮廷装束の影響ですが、権威を表すために、裾や袖が非常に長く大きくなりました。様々な色の紋織物を幾つも重ねる宮廷の女性の衣装、いわゆる「十二単(じゅうにひとえ)」はその代表です。一方、庶民は、17世紀に木綿が普及するまで、麻で作られた衣服を主に着ていました。

室町時代(1336年~1573年)には武家(女性)の間で、現在の着物の原型と言える、絹の「小袖」が広がりました。そして、その小袖をベースとして江戸時代(1603~1867)、服飾文化として着物が花開きました。

江戸時代に華やかな着物が広がった理由はどんなところにあるのでしょうか。

約300年にわたり平和な社会が続き、人々の生活レベルが上がったことが大きな理由です。貴族や武家以外の一般庶民も、経済力に応じておしゃれができるようになりました。特に、藍染などの草木染といった染色の技術が向上したことにより、女性の着物が華やかさを増しました。染色としては、17世紀後半以降、生地に直接、文様を手描きする「友禅染」が考案されました。友禅染により、風景など、複雑なデザインも表現できるようになり、文様の種類が増えました。19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで流行した「ジャポニスム」においても、着物や着物のデザインが果たした役割は非常に大きかったのです。明治時代(1868年~1912年)には、日本を訪れた外国人が、江戸時代の着物や能*装束など染織品を大量に買い付けて自国へ持ち帰りました。それらは、私が調査と整理に関与している米国のボストン美術館や、ベネチアの東洋美術館のコレクションとなり、美術品として高い価値が認められています。

一方、明治時代以降、日本で近代化が進むと洋服が一般化して、日本人が着物を着る機会は減っていきました。しかし、最近10年くらいは、洋服の上に直に着るなど、新しい着こなしが提案されたりして、若者の間で「着物は面白い」と思う人が増えています。

西洋の伝統的な衣服と、着物にはどのような違いがあるでしょうか。

西洋の服は、身体の凹凸に合わせて立体的に裁断し、縫製する立体裁断によって作りますが、着物は、身体の凹凸に関係なく、平面的に裁断して縫製します。西洋では、衣服によって、より身体のシルエットを強調することが重要なので、例えば、女性がドレスを着る際はコルセットで胴体を締め上げて補正します。しかし、日本では身体のシルエットよりも、着る着物自体の美しさを重んじたため、布そのものを、より美しく、洗練させていき、高度な織物技術や染色技術の発展につながりました。

また、日本は豊かな自然に恵まれているため、着物の文様にも植物のデザインが非常に多いのが特徴です。源氏物語や伊勢物語など文学の一場面をモチーフにした文様もあります。こうした複雑なデザインは、西洋の衣服には一般的にない特徴です。

「風呂敷」が近年、レジ袋の代替として注目されていますが、風呂敷の由来をお教えください。

物を包むために布を使うことは非常に古くから日本で行われてきました。物を布で包むと運びやすいということもありますが、大切な物を清らかに保つという宗教的な意味合いがあったものと考えられます。今でも、贈答品を、風呂敷に包むのも、そうした名残と言えます。風呂敷という言葉は江戸時代から使われるようになりました。当時、人々が共同浴場に着替えの衣類を持ち運んだり、他人のものと区別するのに風呂敷を使い始めました。やがて、物を包む布全般を風呂敷と呼ぶようになったと言われています。

今後、日本の布メーカーは、どのような分野で世界に貢献できるでしょうか。

繊維製造の高い技術を活かして、皮膚の敏感な人や皮膚炎の人向けの服を作るとか、あるいは、着物を仕立てる技術を応用して、高齢者や体の弱い人などにとって脱着が楽で着心地が良い服を作るといったように、医療や福祉の分野で貢献できるでしょう。また、日本は長年、天然染料や天然繊維を使った布作りを行ってきました。近年、自然な色合いや優しい肌触り、あるいは、環境負荷の少なさなどの理由から天然素材が注目を集めています。環境保護のためという現代社会のニーズを踏まえ、日本の伝統的な染織技術を、着物に限らず、洋服やインテリアも含めた様々な用途に応用できるのではないかと思います。

* 能は650年以上にわたり日本で演じられてきた歌舞劇である。