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  • 合鹿庵で行われる「あえのこと」の食事の場面の実演。正装した当主が田の神様に説明する様子。
  • 「あえのこと」で供される食事
  • 田の神様が入浴する樽の風呂。
  • 年間を通じて「あえのこと」を見学できる柳田植物公園内の合鹿庵

November 2020

田の神様をおもてなし

合鹿庵で行われる「あえのこと」の食事の場面の実演。正装した当主が田の神様に説明する様子。

石川県奥能登(おくのと)地域には、田の神様をもてなす農耕儀礼が200年以上伝承されている。

「あえのこと」で供される食事

米どころとして知られる石川県の奥能登地域には、ユネスコの世界無形文化遺産に登録された「あえのこと」と呼ばれる農耕儀礼が長年、受け継がれている。「饗(あえ)」とは「食のもてなし」、「こと」は「神事」を意味するとされる。

あえのことは米農家が、田の神様をもてなす神事で、毎年、12月5日と2月9日に行われる。お米の収穫後の12月は田の神様を家に招いて収穫に感謝する。そして、田の耕作に入る前の2月には、豊作を祈願して、神様を田へと送り出す。

この風習は、あたかもそこに実在するかのようにふるまうのが特徴であり、正装した当主は、神様へ丁寧に話しかけながら神事が進行する。

12月の神事は、当主が片手には、常緑樹の若木の枝を、もう一方の手には鍬を持って田に出向くことから始まる。そして、畑に鍬を3回打ち込んでから、自宅まで神様をお連れする。夫妻で目が良く見えないとされる田の神様に、当主は段差があれば「段差がございます。足元にお気を付けください」などと声に出して丁寧に案内する。

田の神様が入浴する樽の風呂。

家に着いたら神様に囲炉裏端で休息いただく。その間、当主は風呂の湯加減を確認して、湯が湧いたら神様を御案内し、お入りいただく。その後、座敷に案内して、ご飯、はちめ(メバル)、野菜といった料理を一つ一つ説明し、これらの収穫に感謝の意を表する。食後は、収穫したお米を入れる俵が置かれた所でお休みいただき、そこで2月までゆっくりと滞在していただく。そして2月には、同様の神事をもう一度行った後、神様を田へとお帰りいただく。

この神事がいつ頃成立したのかは定かではないが、18世紀後半の日付が入った「あえのこと」用の食器が見つかっていることから、200年以上続くものであることが分かっている。現代と違って江戸時代は、気象災害や病害虫の発生など米づくりには多くの困難が立ちはだかった。しかも、山と海に挟まれた奥能登は広い平地が少なく、山を切り開いた小さな田での米づくりは、多くの労力を必要とした。こうしたことから、自然を象徴する田の神様への畏敬の催しが生まれたのかもしれない。

年間を通じて「あえのこと」を見学できる柳田植物公園内の合鹿庵

「田の神様に対して、今年の実りの感謝をお伝えするとともに、来年の豊作を祈願する心の発露にほかなりません」と、能登みらい創造ネットワークの竹内剛代表は話す。能登みらい創造ネットワークは能登の活性化を促すことを目的に設立された法人で、時期にかかわらず「あえのこと」を見学できる施設・柳田植物公園「合鹿庵」(ごうろくあん)を管理する。「神事に供される料理は、どれもたっぷりと盛られました。しかも夫婦神なので二人前用意されます。神事の後には、料理を家人で食べました」

しかし、「あえのこと」の風習を受け継ぐ農家は年々少なくなっている。「現在『あえのこと』を行う農家は80軒くらいでしょうか。どんどん簡素化も進み、正装で神事を行う農家は、今や10軒もないかもしれません。この合鹿庵で神事の再現を来場者に見てもらうことで、昔の人々がどのような気持ちで自然と折り合いをつけてきたのかを知っていただけたらと思います」と能登町役場ふるさと振興課の田代信夫さんは話す。

田の神様をもてなすこの希少な神事は、日本の農耕文化の一部と言える。この伝統が廃れてしまわないように、地元の人たちが手に手を携えていく。