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  • 松島湾の小島に建つ五大堂
  • 五大堂に至る透橋
  • 寺の全体図
  • 本堂
  • 狩野左京作の襖絵があり、「孔雀の間」とも称される室中
  • 台所の役割を担う庫裡
  • 狩野左京作の襖絵(復元模写)

March 2021

日本三景の一つ松島に建つ禅寺

松島湾の小島に建つ五大堂

宮城県松島町の国宝「瑞巌寺(ずいがんじ)」は、400年の時を超えて、伝統的な禅宗建築と、豪華絢爛な内部装飾との、美しい組み合わせを見ることができる。

寺の全体図

宮城県の沿岸部中部に位置する松島は、広島の宮島、京都の天橋立と並んで、日本三景の一つと称される。260余りの大小の島々が浮かぶ松島湾の絶景は、昔から人々を魅了してきた景勝地である。そんな松島を臨む場所に、東北地方有数の規模と格式を誇る禅寺「瑞巌寺」が建っている。

瑞巌寺の起源は9世紀初頭に遡るという。現在の建物の数々は、仙台藩主・伊達政宗 (1567-1636年)によって造営され、1609年に完成したものである。海辺の道から総門をくぐり参道を250メートルほど歩くと中門、そしてその先に本堂を始めとする禅宗様の建築が建ち並ぶ。

五大堂に至る透橋

国宝に指定されている本堂の左手に玄関「御成(おなり)玄関」があり、本堂の右手には本堂から続く廊下と庫裡がある。庫裡と廊下も国宝に指定されている。いずれも、建物の内部装飾は、16世紀末から17世紀初頭の桃山時代の優雅で華やかな様式を良好な姿で現在に伝えている。これは、武将、伊達政宗の美意識の発露と言われている。

正面38メートル、奥行24.2メートルの大規模な本堂は、禅宗様の外観は実に簡素である。しかし、対照的に、内部装飾には、細かい透かし彫り彫刻、かざり金具、金地に極彩色の数々の襖絵(ふすまえ)など、豪華絢爛(けんらん)である。

本堂

本堂は10室で構成され161面の障壁画で飾られている。「仏間」には桜、「室中(しっちゅう)」(孔雀の間)」には松に孔雀(くじゃく)など、部屋ごとのテーマに合わせた障壁画が描かれ、伊達政宗像が安置される「上段の間」の襖には「四季花卉図(しきかきず)」、床の間には「梅竹図」が描かれ、華やかな空間を演出している。これらは、狩野左京(かのうさきょう、1581-1658年)、長谷川等胤(はせがわとういん、生没年不詳)など、狩野派の画人によって描かれたものである。

狩野左京作の襖絵があり、「孔雀の間」とも称される室中

また、瑞巌寺の境内から離れた松島湾に浮かぶ小島には五大明王を祀る「五大堂」があり、海の色と松の緑の中のたたずまいが美しい。島へは海辺から朱塗りの橋(透かし橋)を渡って行く。伊達政宗が造営した五大堂は東北地方現存最古の桃山建築で重要文化財である。

2018年には約10年にわたる、本堂ほか7棟の建造物の保存修理と耐震補強工事が完了した。この修理により、本堂内部の特に仏間の辺りは政宗の法要ごとに、漆の塗り直しなど手が加えられていたことも解明された。

台所の役割を担う庫裡

「寒さが厳しい東北の地で、あえて凍害のリスクを負いながら本瓦葺きを採用したことも瑞巌寺本堂の建築の特徴です。一般に、建築の強度を高めるために木材を斜めに取り付ける「筋違い(すじかい)」の技術が普及するのは19世紀末以降とされますが、それよりも200年も早く瑞巌寺本堂では全体的に主要な壁面に筋違いが施されています。これは、建築史上の大発見とされています」と瑞巌寺総務課の稲富慶雲和尚は説明する。

狩野左京作の襖絵(復元模写)

2011年3月の東日本大震災時には宮城県は大きな被害を受け、瑞巌寺も被災した。大きな被害を免れた瑞巌寺の専門道場である陽徳院は避難所として開放され、地域住民や観光客が身を寄せた。瑞巌寺は、松島の歴史や文化を語る上で欠かせないシンボルであり、東北の地で、約400年前の桃山時代の文化の息吹を伝える貴重な建築遺産となっている。