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  • 池を模した白砂が広がり、その後ろには滝や山を表した石が配置されている「元信の庭」
  • 白砂に石橋が架けられた「元信の庭」
  • 池越しに眺める秋の日本庭園「余香苑」
  • 「陰陽の庭」の陰の庭
  • 「陰陽の庭」の陽の庭

October 2021

不変にして移ろう日本庭園の石

池を模した白砂が広がり、その後ろには滝や山を表した石が配置されている「元信の庭」

日本庭園には、石という重要な構成要素がある。たった一つの石で庭全体の景色のバランスをとったり、いくつかを組み合わせて滝や山などを表現する。そんな石の役割が際立つ庭園で知られるのが、京都の妙心寺退蔵院である。

白砂に石橋が架けられた「元信の庭」

京都市の花園(はなぞの)にある禅宗寺院の妙心寺退蔵院は、枯山水と石庭、更には回遊式*の日本庭園と、それぞれ趣(おもむき)の異なる三つの庭園がある。

一般的に、水を使わず、主に石や草木で山や水辺の風景を表現した庭を枯山水と呼び、主に石や砂利で構成された枯山水の庭を石庭と呼んでいる。特に禅宗**と枯山水の関係は深い。「中国の道教の影響を受けた禅***は、人里離れた深山で修行を行うことを理想とし、枯山水はそうした景色を再現したもの」と、退蔵院の副住職、松山大耕(まつやま だいこう)さんは説明する。

池越しに眺める秋の日本庭園「余香苑」

退蔵院は、約600年の歴史を有する妙心寺の境内の中にあり、1404年に開かれた。そこには、枯山水の庭の傑作として名高い庭がある。作者は、当時を代表する絵画の流派である狩野派(かのうは)の2代目の総帥として、その画風の基礎を築いた狩野元信(かのう もとのぶ・15世紀後半半ばから16世紀前半にかけて活躍)と伝えられ、「元信の庭」と呼ばれ、70歳頃の作庭と推定されている。

「元信の庭」は、敷き詰めた白砂(砂利)を池に見立て、その奥に源流となる滝や山を石組みで表し、池から流れ出る白砂の川には、石の橋がかかる。この庭は、単なる自然の風景というよりは、全体として、理想郷を表現しているという。絵師の作庭ならではの絵画的な美しさをもつ庭として名高い。

また、日本庭園「余香苑(よこうえん)」と石庭「陰陽(いんよう)の庭」は、1965年に、20世紀の名作庭師の一人、中根金作(なかね きんさく・1917-1995)によってつくられた。余香苑は実際に水をたたえた池を中心とした回遊式の庭園で、池の奥の石組みで表された滝には、元信の庭と同じ石の使い方が見られるなど、元信への敬意が感じられる。常緑樹を配して永久不変を表す元信の庭に対し、余香苑は季節によって姿を変える落葉樹が植えられ、禅宗寺院には珍しく、端正な構成美に加え、優雅さが感じられる庭となっている。

この余香苑の入口近くに位置するのが、陰の庭と陽の庭を一対とする石庭の「陰陽の庭」だ。陰の庭には黒の砂を、陽の庭には白の砂を敷くことで対比を際立たせ、事物の二面性を表している。敷砂には、水の文様を凹凸で表す「砂紋」が刻まれる。陰の庭に八つ、陽の庭に七つの石が絶妙なバランスで配され、合わせて15数は古くから完全を表す数とされる。庭の中央に植えられた紅しだれ桜は、二面性の融合を象徴するともいう。

「陰陽の庭」の陰の庭
「陰陽の庭」の陽の庭

「陰陽の庭は、不変と季節の移ろいという、禅で言う‘不二(ふに)’、すなわち事象の二面性の合一を表すなど、様々な意味が込められた日本庭園で、石は、そのためには欠かせない表現の要素です。雨に濡れると色合いも変わり、その表情が多様なのも魅力です」と松山さんは言う。

庭石は、その配置は不動であり、作庭者の意図を伝える不変の要素であるが、松山さんの言う通り、気象の影響で一日の中でも色合いは変わり、また、長い時をかけて苔むせば表情も変わっていく。日本人はそんな、二面性を持つ石を庭に配し、深い意味を込めてきたのである。

* 移り変わる景色を、様々な角度から眺めることができるように工夫された日本庭園の形式のひとつ。
** 禅宗は、座禅をすることを重視する仏教の宗派。
*** 禅は6世紀に中国で生まれた大乗仏教の宗派。座禅の実践は12世紀末から日本に広がった。禅は仏教用語として「心が動揺することのなくなった状態」を意味する。