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  • 海中に降ろされるドッキングステーションとSPICE
  • 沖縄の海で行われた、模擬のパイプラインを使ったSPICEの検査試験の様子

November 2021

パイプラインを検査する水中ロボット

海中に降ろされるドッキングステーションとSPICE

海中に敷設された海底油田のパイプラインを見つけ、検査する水中ロボットが開発された。

沖縄の海で行われた、模擬のパイプラインを使ったSPICEの検査試験の様子

地球の表面積の約7割を占める海であるが、海底には様々な天然資源が眠っている。その一つが石油である。第二次世界大戦後、世界の海で油田の開発が進み、海底油田からの原油生産量は増加した。2018年に国際エネルギー機関(IEA)が発表した「Offshore Energy Outlook」によれば、海底油田からの原油生産量は1日で2600万〜2700万バレル(2000年から2016年までの平均)となっており、世界の原油生産の約3割を占めている。

そうした海底油田の「生命線」とも言えるのが、原油を輸送するために海底に敷かれるパイプラインである。パイプラインは破損すると、深刻な海洋汚染を引き起こす危険性があるため、その保守・点検の検査は、極めて重要となっている。しかし、近年、ダイバーが潜水可能な水深(最深でも300メートル)よりも深い海底でも原油の採掘が行われるようになってきている。そこで課題となるのが、人による潜水検査が難しい深海において、パイプラインの検査を確実かつ効率的に実施する方策を確立することであった。

そうした中、川崎重工株式会社は、海底パイプライン検査用ロボットアームを搭載した自律型無人潜水機(Autonomous underwater vehicle: AUV)である「SPICE」(Subsea Precise Inspector with Close Eyes)を開発した。全長4.5メートル、幅1.2メートル、高さ0.9メートルのSPICEは、陸上を飛ぶドローンのように海中を自由に移動するとともに、水中で音波によって物体を探知する装置(ソーナー)を使い、自律的にパイプラインに接近し、検査を行う。さらには水深3000メートルという超高圧の環境下でも作業ができる耐久性も備えている。

「ロボットアームがアーム先端に取り付けた検査センサーとパイプラインとの至近距離を安定して保ちながら、パイプラインの外観と金属の腐食の状態を検査します。このような作業ができるAUVは世界で他にありません」と同社エネルギーソリューション&マリンカンパニーの岡矢紀幸さんは話す。「海中では無線が通じないので、作業は全て自動で行われます」

これまでも、ダイバーが潜水できない深海では、遠隔操作型無人潜水機(Remotely operated vehicle: ROV)がパイプラインの検査に使われてきた。しかし、ROVの操作や電源供給は、洋上の母船からケーブルを通じて行われるため、ケーブルの届く範囲内での移動や検査という限界があった。また、ROVの運動もケーブルの影響を受け、操縦に非常に高度な技量が必要と言われている。

一方、SPICEは、母船と直接つながるケーブルが必要ないので、ROVよりも広い範囲を移動できる。1回の潜水では、約20キロメートル分のパイプラインを検査することが可能である。また、検査中の速度は平均2ノット(1ノットは時速約1.85キロメートル)とROVの2~4倍だ。

海中での充電によって、長い時間の継続的作業が可能であるということもSPICEの大きな特徴である。SPICEは、母船とつながったドッキングステーションとともに海中に降ろされた後、ドッキングステーションから自動的に発進し、パイプライン探索、検査などの作業を行う。充電が必要になれば、ドッキングステーションに自動的に戻り、充電を行って、再び作業を継続する。1回の充電で約8時間、運航することができる。

「SPICEはパイプラインの検査に要する時間を大幅に短縮できます。それによって検査コストだけではなく、母船の運航に伴う二酸化炭素排出も抑えることも可能です」と岡矢さんは話す。

2013年からAUV開発に着手、自動ドッキングや水中充電、ロボットアームによるパイプトラッキングなどの技術の開発、実証を行ってきた。2017年からそれら技術を融合したパイプライン検査用AUVであるSPICEの開発を開始、そして、2021年5月、SPICEはイギリスの企業から初の受注を獲得。今後、北海など世界の海底パイプラインの検査で活用される予定である。

「将来的には、洋上風力発電設備のメンテナンスにも活用できるのではと考えています」と岡矢さんは話す。

世界のエネルギー供給をひそかに支える裏方として、日本の水中ロボットSPICEが世界中で活躍する日も間近である。

海底油田のパイプラインを検査するSPICEを描いたイラストレーション。(なお、パイプラインは、井戸口から「マニフィールド」(集約装置)までをつなぐ「フローライン」、マニフィールドから洋上の「プラットフォーム」(やぐら)までをつなぐ「ライザー」、プラットフォームに集まった原油を陸地へと送るための「エクスポートライン」がある。)