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March 2022

人形浄瑠璃座を率いるアメリカ人

  • 獅子舞の人形を操るマーティン・ホルマンさん
  • 米国テキサス州ヒューストンで開催されたジャパン・フェスティバルでの公演後、ホルマン氏に拍手を送る日本総領事(2015年)
  • 「えびす舞」に出てくる恵比寿人形を使い、人形浄瑠璃座について講座をするホルマンさん
  • 2011年6月、岩手県宮古市での文楽・ベイ・人形劇団のメンバー。幼稚園での公演や、同年3月に発生した津波災害の復興支援活動を行った。
  • ホルマンさんの義理の息子のマイケル・サミュエルさん(左)も人形浄瑠璃を演じている
獅子舞の人形を操るマーティン・ホルマンさん

アメリカ出身のマーティン・ホルマンさんは、日本の伝統芸能「人形浄瑠璃」の一座を主宰し、多国籍の座員による公演を行っている。

米国テキサス州ヒューストンで開催されたジャパン・フェスティバルでの公演後、ホルマン氏に拍手を送る日本総領事(2015年)

「人形浄瑠璃」は、17世紀初頭から始まった日本の伝統的な人形劇の一種である*。この人形劇が最も盛んな地域の一つが四国の東部に位置する徳島県で、今でも20座ほどの人形浄瑠璃の劇団が県内で活動している。そのなかにあって、「徳米座(とくべいざ)」は、日本のみならず、アメリカ、メキシコ、ニュージーランド、イギリス、ベトナム、ネパール、中国と、多国籍の座員十数名で構成された劇団として注目を集めている。この「徳米座(とくべいざ)」を座長として率いるのは、アメリカ出身のマーティン・ホルマンさんだ。

幼少の頃から人形が大好きだったというホルマンさんが、初めて人形浄瑠璃を知ったのは大学生のとき。「一般教養の授業で『世界の人形劇』という授業を受け、そこで人形浄瑠璃を観て、こんなに優れた、洗練された人形劇があるのか、と驚きました。人形浄瑠璃の人形は、繊細な動きで複雑な感情まで表現するのです」とホルマンさんは語る。

大学生だった1978年には、短期間だが日本を訪れる機会があり、それを機に「将来は、本当に自分が好きだと思った道に進もう」とホルマンさんは決意、帰国するとそれまで専攻していた生物学から日本文学に転科した。

「えびす舞」に出てくる恵比寿人形を使い、人形浄瑠璃座について講座をするホルマンさん

その後、ホルマンさんが実際に人形浄瑠璃に触れたのは、1989年、大学教授として、京都の北東に位置する滋賀県彦根市にあるミシガン州立大学連合日本センターの所長に就任している時だった。「私が住んでいるところのすぐ近くの、県内の長浜市に伝統的な人形浄瑠璃『冨田(とんだ)人形』の人形座があることを知っていたので、練習の見学に行きました。そこで思い切って200年の歴史を持つ人形劇団の8代目座長、阿部秀彦さんに『人形使いの修行をしたい』と頼んでみたところ、思いもよらず『明日の夜7時からいらっしゃい』と答えてもらえました」とホルマンさん。ここでホルマンさんは3年間にわたり人形浄瑠璃学の修業を積み、1994年、外国人として初めて日本の舞台で人形浄瑠璃を演じることになった。帰国後は、日本語と日本文化を教えるミズーリ大と、後にはマサチューセッツ大の生徒たちを対象に毎年の夏期講座を立ち上げた。この講習で学生たちは、毎年夏の8~10週間、滋賀県の300年の歴史を持つ今田人形座と長野県飯田市の黒田人形座で、人形劇研修を行う。2004年、ホルマンさんがこの時の卒業生たちを集めて結成した「文楽・ベイ・人形劇団」は、過去18年間、ケネディセンターやワシントンD.C.のスミソニアン博物館など、アメリカ各地で延べ200回ほどの公演を行い、好評を博している。「文楽・ベイ・人形劇団」の人形浄瑠璃は、2017年にサンダンス映画祭に選出されプレミア上映された短編映画「Kaiju Bunraku」**でも紹介された。

2011年6月、岩手県宮古市での文楽・ベイ・人形劇団のメンバー。幼稚園での公演や、同年3月に発生した津波災害の復興支援活動を行った。

大学を退官した後は、美しい自然と古い人形の伝統があり「いつかここに住みたい」とあこがれていた徳島県に2019年に移住した。現在、ホルマンさんは、人形浄瑠璃の博物館「県立阿波十郎兵衛屋敷」で、200年以上の歴史を持つ徳島県内のたくさんの人形劇団の振興に貢献するとともに、館内の説明や人形劇の脚本などを日本語から英語に翻訳する業務に従事している。そしてまた、2019年10月には、外国人を含め、人形浄瑠璃を演じる人たちを座員として受け入れるために自らの劇団「徳米座」も立ち上げた。

「徳米座」の一番の人気演目は「夫婦(めおと)獅子舞」だという。正月など主に縁起の良い日に踊られるおめでたい獅子舞は、本来、踊り手の人が獅子の頭の被り物をかぶり、彫刻の獅子頭を身につけたり、手に持ったりして舞うものであるが、人形浄瑠璃の獅子舞では、人形が獅子の頭の被り物をかぶった踊り手となり、人形遣いが人形と獅子頭を操る。獅子舞の人形は一般的な人形浄瑠璃の人形よりも重いが、苦労する甲斐があるという。

ホルマンさんの義理の息子のマイケル・サミュエルさん(左)も人形浄瑠璃を演じている

ホルマンさんは「人情物***は、市井(しせい)の人々の些細な人生を描くので、とても優しい気持ちになります。そして、伝統芸能の『狂言』****には、社会的に弱い立場の者たちに権力のあるキャラクターたちが翻弄されるような笑い話がたくさんあります。私たちの今年の新企画、「笠地蔵」のような昔話も、人形浄瑠璃で語られます。こうした話は子どもからお年寄りまで誰でも楽しめるものなので、こうした感覚もぜひ人形浄瑠璃に取り入れてみたい」と語る。

この2年はコロナの影響で徳米座公演の数や、ホルマンさんによる日本の人形劇に関する講義や実演がやや減った。しかし、動画配信*****により、世界中に人形浄瑠璃の素晴らしさを広めるという、ホルマンさんの新たな挑戦につながっている。

* 浄瑠璃劇は、浄瑠璃(三味線音楽における語り物の総称)に合わせ、登場人物の性格や心情を表現する音楽劇
** Kaiju Bunraku https://www.shortoftheweek.com/2018/06/19/kaiju-bunraku/
*** 親子や夫婦など人間の情愛を描く作品
**** 庶民の日常や説話を題材に、人間の姿を滑稽に描く喜劇
***** コロナ対策獅子舞(Lion Dance Covid Strategy) https://youtu.be/tg0xr-dMbik