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March 2022

リアルタイムで津波被害を予測

  • リアルタイム津波浸水被害予測システムを利用した、高知県庁での災害対応訓練
  • RTi-castのCTO(最高技術責任者)、越村俊一教授
  • 津波による建物への被害を推計したレポートのイメージ
  • 津波による浸水地域予測のイメージ
リアルタイム津波浸水被害予測システムを利用した、高知県庁での災害対応訓練

津波災害からの社会の復旧をサポートするため、地震発生直後に津波の被害を高精度、短時間で予測する世界初のシステムが、日本のベンチャー企業によって開発された。

RTi-castのCTO(最高技術責任者)、越村俊一教授

日本を始め、海洋に接する多くの国・地域にとって、津波による災害への対応は切実な問題だ。2011年3月に発生した東日本大震災では、大津波によって2万人近くの方々が亡くなり、行方不明になったことは記憶に新しい。

2018年4月、津波被害からの早期回復を支援するため、津波予測、被害推定をリアルタイムで行う世界初のシステムが本格的に稼働を開始した。これを開発したのは、東北大学発の災害科学ベンチャー企業である株式会社RTi-cast。防災環境事業での先進企業である国際航業、NEC、あるいは緊急地震速報受信機を手がけるエイツーなど民間企業との産学連携研究により2018年3月に設立された。

RTi-castのCTO(最高技術責任者)である越村俊一(こしむら しゅんいち)さんは、従来の津波予測システムを「データベース型」、同社が開発した津波予測システムを「リアルタイム・フォワード型」と表現する。

「従来の『データベース型』は、地震発生時に、気象庁が地震の規模や位置を求め、その情報を事前に計算しておいた津波予測データベースと照らし合わせ、沿岸で予想される津波の高さを求めます。一方、『リアルタイム・フォワード型」は、『いま発生した地震の情報』そのものに基づいて、津波の発生規模、沿岸部に向かってどのように伝播しているか、内陸への遡上と、それに伴って起きる被害状況をリアルタイムで予測するものです。従来のデータベース型に比べ、最新の地形や海岸施設の情報を考慮して行う予測であるために大幅に精度が高く、スーパーコンピュータを利用することで短時間で予測可能な点が特徴です」と越村さんは話す。

津波による建物への被害を推計したレポートのイメージ

具体的には、地震発生から10分以内に断層破壊のメカニズムを推定し,その後の10分以内に 10メートル四方のエリアごとの、津波の浸水範囲と浸水の最大の深さを予測。そして、建物や道路などの空間情報を組み合わせ、建物の被害を推定する。地震発生から浸水予測と建物被害の推定完了までの時間は、わずか20分だという。

越村さんによれば、このリアルタイム津波浸水・被害予測システムを開発、実用化するに当たり、3つの技術的課題があった。

一つは、断層*破壊のメカニズムをリアルタイムで推定することだ。

「初期海面変位を推定するためには、断層破壊による海底の地盤変動を考える必要があります。このため、気象庁の緊急地震速報の情報(震源の位置、深さ、マグニチュード)に加え、国土地理院が全国約1300地点で観測している地殻変動観測データをリアルタイムで取得し、断層モデルの推定を行っています」

津波による浸水地域予測のイメージ

二つ目は、津波予測をリアルタイムで行うための「シミュレーションの高速化」だ。

「津波のシミュレーションをリアルタイムで行うためには、高い演算能力を有するスーパーコンピュータのネットワーク共有環境の使用が不可欠です。しかし、スーパーコンピュータは、他の様々な研究のために常に稼働していて、いつでも使えるわけではありません。そこで、地震発生時には必ず、津波予測のコードを最優先にする新しい運用方法とアルゴリズムを開発しました」

三つ目は「どの程度の建物被害が出るか、量的な推定方法の確立」だ。

「そのエリアで、建物にどの程度の被害が出るか、被災する人数はどれくらいかを推定し、地図上で可視化することで、被害を量的に把握できるようになりました。例えば、津波の浸水の深さと建物の被害との経験的な関係から、浸水の深さが2mになると、深刻な被害あるいは全壊になることが予想されます。これには東日本大震災時の被害データを用いて予測モデルを構築しました」

現在、このシステムは、政府で防災を所管する内閣府の総合防災情報システムの機能の一つとして運用されている。

「巨大地震が発生した際には、30分以内に、沿岸の津波の高さ、浸水域と最大浸水の深さ、流出する建物数、浸水域内人口の情報など、被害推定のレポートを配信します。これは、巨大地震津波発生直後に開く日本政府災害対策本部での第一回目の会議資料として利用されることになっています。東日本大震災では、被害予測情報が無かったため、被害地域や被害規模をすぐに把握することができませんでした。リアルタイムで量的に被害状況を推定できれば、どこで医療対応活動が必要とされているのか、その他の支援がどのくらい必要なのかが即時に判断できるため、被災地のいち早く、より効果的な復旧につながるのです」

越村さんは、このシステムの今後について、「現在このシステムの運用対象地域は、九州から北海道までの太平洋岸と日本海側ですが、この範囲を全国に広げていきます。将来的には、一般の方々に向けて、『今いる場所における津波の危険性』をリアルタイムで伝えるシステムとして、成長させていきたいですね」と語る。

* 地下の岩盤に周囲から力が加わることによって生じる「ずれ」。ずれ動く急速な断層運動により、地震が発生し地盤変動が生ずる。