Skip to Content

May 2022

漆の輝きを追求

  • 蒔絵玳瑁螺鈿宝石箱「光の道」
  • 浅井康宏さん
  • 浅井康宏さんの作品「青貝棗」(高さ7センチメートル、直径7センチメートル)
  • 蒔絵螺鈿舟形香合「海路」
  • 蒔絵宝石箱「刻」
  • 蒔絵螺鈿高坏「地球」内部
浅井康宏さんの作品「青貝棗」(高さ7センチメートル、直径7センチメートル)

漆芸作家の浅井康宏さんを紹介する。

浅井康宏さん

「宇宙に漂う銀河のような輝き」「神秘さに吸い込まれるようだ」漆芸作家・浅井康宏さんの作品「青貝棗(あおがいなつめ)」への賛辞だ。その、1ミリメートルにも満たない1万余の極小の貝片を漆器の表面に貼り合わせた作品は、漆工芸の伝統技法と現代的感性を融合している。

漆工芸は、ウルシの樹液を木地に塗り重ねて制作する。さらに、その装飾技法としては、漆で絵や文様を描き、乾く前に上から金や銀の粒子を蒔いて固める「蒔絵(まきえ)」や、ヤコウガイやアワビといった真珠層を持つ貝から切り出した貝片を漆で塗り込む、もしくは、漆の面を彫り込み象嵌する「螺鈿(らでん)」がある。

蒔絵螺鈿舟形香合「海路」

「青貝棗」*は、螺鈿の作品で、貝本来が持つ色の違いを最大限活かした作品を作りたいという浅井康宏さんの思いから誕生した。作品は、棗に漆を6か月かけて何度となく重ね塗りし、さらに8か月かけて、小さな貝片、一万余りを貼り込んだ。

「貝の中にある青と緑の濃い部分だけを選んで貼り始めましたが、これらの色が1枚の貝からわずかしか得られず、続けられるかと時々不安にかられました。さらに、微妙な色調を表現するため、貝と貝の隙間を、ルーペや顕微鏡を覗いて調整していると、1日に小指の爪ほどの面積しか作業が進まず、作品の仕上がりがイメージできませんでした」と浅井さんは言う。

蒔絵玳瑁螺鈿宝石箱「光の道」

しかし、そんな困難を乗り越えて完成した作品は、光の当たる角度によって異なる、まるで銀河のような輝きを放ち、高さ、直径7センチメートルと小さいながら、観る者を飽きさせない。それが螺鈿の魅力だ。

浅井さんが漆に出会ったのは、高校の選択授業だった。漆の美しさと技術の面白さに魅せられて熱中する浅井さんは、漆工芸の勉強を続けた。卒業後は、人間国宝の漆芸家、室瀬和美さんに弟子入りし修業を積んだ。そして2012年、29歳の時、日本伝統工芸展に出品した蒔絵玳瑁(たいまい)螺鈿宝石箱「光の道」**で日本工芸会「新人賞」を受賞。2015年には蒔絵宝石箱「刻」***で日本伝統漆芸展「文化庁長官賞」を受賞した。その後も、蒔絵螺鈿高杯(まきえらでんたかつき)「地球」****や蒔絵螺鈿舟形香合「海路」*****等の重要な作品を発表、様々な方法で漆に取り組んでいる。

蒔絵宝石箱「刻」

また、浅井さんは2004年に家族とともに地元鳥取で漆の木の植栽を開始した。現在200本以上の漆の木が育ち、彼の作品には全て自家製の国産漆を用いている。

「『漆や漆工芸品は、私より長生きする』という思いが常にあります。私の技術や手法は私だけのものではなく次の世代に渡すためのもの。私は、国内だけでなく世界に漆芸や蒔絵の美しさを紹介し、作品を残したいのです」と浅井さんは言う。

蒔絵螺鈿高坏「地球」内部

その感覚と覚悟をもって、彼は生涯をかけて、漆芸の道を歩み続けていく。

* 棗は、抹茶を入れる容器。手のひらサイズの小さな茶道の道具の一種。青は、日本の伝統色のことで、広くは藍色を含んだ、青から緑色を指す。
** べっ甲と貝の真珠層で螺鈿を施した作品
*** べっ甲で螺鈿を施した作品
**** 貝の真珠層で螺鈿を施した作品
***** 貝の真珠層で螺鈿を施した作品