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August 2022

心を癒す尺八の音色

  • 三味線と琴との伝統的な舞台設定で古典曲「四季の眺(ながめ)」を合奏するヒューバナーさん
  • ブルース・ヒューバナーさん
  • 明治学院大学横浜キャンパスで尺八について講義するヒューバナーさん
  • ニューヨークのJoe’s Pubにおいて演奏する5人編成合奏団「カンデラ」合奏団(左から2番目がヒューバナーさん)
ブルース・ヒューバナーさん

アメリカ出身のブルース・ヒューバナーさんは、国境や音楽のジャンルを越えて活躍する尺八奏者である。

三味線と琴との伝統的な舞台設定で古典曲「四季の眺(ながめ)」を合奏するヒューバナーさん

尺八は、竹で作られる日本の伝統的な縦笛である。楽器上部に息を吹き込む「歌口(うたぐち)」があり、胴体部分には、指先を当てたり、離したりして音を変えるための「指孔(ゆびあな)」が前面に4つ、背面に1つ空いている。指を指孔に当てたり離したり、歌口に当てた唇の角度を曲げることで、音は変化する。

「今はアルミ製の尺八もありますが、結局、竹の尺八の方が良いです」とブルース・ヒューバナーさんは話す。「その音色は温かみがあり、自然にとてもマッチします。外で吹くと、音色がまさに自然の中に溶け込んでいくように聞こえます」

アメリカのカリフォルニア州出身のヒューバナーさんは、30年以上にわたって尺八に情熱を注ぎ、日本を拠点として、ソロ活動のみならず、様々なジャンルの音楽家との演奏活動を、数多くの国で行なっている。

ヒューバナーさんは音楽好きの両親の影響で、10歳からフルート、14歳からサクソフォンを始め、音楽分野では特にジャズに熱中した。彼が尺八の音色を初めて聞いたのは、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で音楽を学んでいる時であった。ラジオ番組で偶然、後に彼の師となる、重要無形文化財保持者(一般的には人間国宝と呼ばれる)の尺八演奏家である山口五郎氏(1933-1999年)の演奏を耳にしたのである。ヒューバナーさんは、幼少から親しんできた西洋音楽とは違う、その音色に魅せられたという。その後、ロサンゼルスの美術館で尺八、三味線、箏*(こと)という日本の伝統楽器による生(なま)の合奏を聞く幸運にも恵まれ、尺八や日本への関心を深めていった。そして、1983年、大学卒業後に来日、日本語学校に通いながら尺八を学び始めた。

「尺八は楽器としては一見すると単純な構造なので、演奏するのが容易に見えます。しかし、実際に音を出すとなると非常に難しいということを手にしてすぐに知りました。実を言えば、音がまったく出ませんでした。フルートやサックスの経験は、ほとんど役に立たなかったです」とヒューバナーさんは振り返る。

尺八で豊かな音色を生み出すためには繊細な技術が必要だ。吹き込む息の強弱、指孔のふさぎ方、頭の角度、喉や顎(あご)の動かし方などによって音色が微妙に変化する。これらを組み合わせれば、あらゆる音色を創り出すことが可能となる。

「キー、指孔、歌口のプレート、金属の構造などといった技術が明らかに不足しているように見えるにもかかわらず、尺八は音楽制作の道具として非常に大きな可能性を秘めています。皮肉なことに、このユニークでシンプルな構造が、演奏者に音作りや感情表現の大きな自由を与えてくれるのです」とヒューバナーさんは話す。

ヒューバナーさんは約3年の日本滞在後、いったんアメリカに帰国し、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の大学院で東洋学の修士号取得。そして1990年に、文部省(現在の文部科学省)の国費留学生として再び来日、東京芸術大学音楽部邦楽科修士課程に入学した。彼は同大学の邦楽科修士課程に初めて入学した外国人だった。そこで、かの山口氏に師事し、1994年に首席で修士課程を修了した。

その後、日本でプロの尺八奏者としての演奏活動をスタートさせた。伝統的な尺八の演奏を行うとともに、尺八の持つ可能性を広げるため、様々なジャンルの音楽家とのコラボレーションにも取り組んだ。2000年にはアメリカ人のジャズピアニストのジョナサン・カッツ氏とともに5人編成合奏団「カンデラ」を結成、日本だけではなく、カナダのトロントジャズフェスティバルやニューヨークのブルーノートなど海外でも演奏を行った。カンデラはアメリカの批評家から「尺八と、ラテン、ヨーロッパ、日本の伝統音楽の長所を見事に融合させた」と高い評価を受けた。

ニューヨークのJoe’s Pubにおいて演奏する5人編成合奏団「カンデラ」合奏団(左から2番目がヒューバナーさん)

その後、2008年にはアメリカ人の箏奏者のカーティス・パターソン氏とともに、「カート&ブルース」を結成、日本の伝統音楽のみならず、ジャズ、即興音楽、オリジナル曲などを国内外のコンサートで披露している。

ヒューバナーさんは、より多くの日本人に尺八の素晴らしさに知ってもらうため、神社、飲食店、公園など、これまで尺八とは縁のなかった場所でも、積極的に演奏を行っている。「日本人の観客から『ヒューバナーさんの演奏を聴いて尺八を再発見しました』と言われると、とてもうれしいです」とヒューバナーさんは話す。

明治学院大学横浜キャンパスで尺八について講義するヒューバナーさん

2011年3月の東日本大震災以降は、東北地方の被災地を頻繁に訪れ、避難所や仮設住宅など様々な場所で広範囲にわたり演奏を行っている。被災地の中でも福島県は、震災前、約6年暮らしていたことから、ヒューバナーさんが「第二の故郷」と呼ぶ愛着のある場所だ。ヒューバナーさんが地元の民謡を演奏すると、観客からは歌声や手拍子、そして、すすり泣きが聞こえてくるという。

「尺八の音色は『心の薬』です。人の心を癒します」とヒューバナーさんは話す。「これらからも、そうした音楽をもっと演奏していきたいです」

* 三味線については、HIGHLIGHTING Japan2021年11月号 「文化交流使」を参照(https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202111/202111_12_jp.html)。筝(こと、もしくは、そう) は、木製の長い胴に、可動式のブリッジを立て、13本の弦(通常)を張った楽器。