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November 2022

母子手帳を世界に広める

  • ビエンチャンの母子保健センターで行われた研修のロールプレイで、妊産婦役と助産師役を演じて手本を見せる協力隊員
  • サラワン県病院での研修参加者と永谷紫織さん(前列右端)ら助産師の協力隊員
  • JICAの支援で作成した母子手帳を手にするガーナの親子
  • 2015年生まれのラオスの新生児と当時の母子手帳
JICAの支援で作成した母子手帳を手にするガーナの親子

日本は多くの開発途上国に対して様々な国際協力を行っている。この連載では、政府開発援助(ODA)を実施する独立行政法人国際協力機構(JICA/ジャイカ)による、日本の国際協力事例を紹介する。今月号では、日本が開発途上国において、妊産婦や乳幼児の命と健康を守り育むために支援している「母子手帳」の普及に関する国際協力の例を紹介する。

2015年生まれのラオスの新生児と当時の母子手帳

日本では、女性が居住地の自治体に妊娠を届け出ると、母子手帳が交付される。母子手帳は、妊娠中や出産時の母親の健康、子供の発育などの状態を継続的に記録するための冊子で、妊娠、出産、育児に関する様々な情報も掲載されている。母子手帳は1948年から配布され始め、1960年代には、ほぼ100パーセントの妊産婦が持つようになった。

「日本以外の国でも、妊産婦の健康に関する情報が記載された手帳や子供の予防接種を記録するカードの例などはありますが、日本の母子手帳の大きな特徴は、母子の健康に関する記録や情報が全て一冊にまとめられ、保健システムの中で使われていることです」と国際協力機構(JICA)*の尾﨑敬子(おさき けいこ)国際協力専門員は話す。

JICAは1990年代から開発途上国において、日本の母子手帳の特徴を活かしながら、それぞれの国に適した母子手帳の作成・普及を支援している。これまでの支援実績は、インドネシア、アフガニスタン、パレスチナ、ガーナなど34の国・地域にのぼる**。

25年以上、海外の母子手帳普及に取り組んできた尾﨑さんによれば、母子手帳は様々な効果を上げていると言う。妊産婦やその家族、保健医療従事者が母子の健康状態を継続的に把握できるようになり、母子への適切なケアが可能になったことや、夫とのコミュニケーションが増え、出産準備や育児に夫が参加するようになったこと。あるいは、産前・産後に必要な健診の受診率が上がったことなどである。

ビエンチャンの母子保健センターで行われた研修のロールプレイで、妊産婦役と助産師役を演じて手本を見せる協力隊員

近年、特に母子手帳の普及・活用に取り組んでいる国の一つがラオスである。妊産婦や乳幼児の死亡率が高い同国の状況を改善するために、JICAは同国の保健省の職員や保健医療従事者とともに、様々なプロジェクトを実施している。1995年にJICA海外協力隊***の隊員による活動をきっかけに普及支援が始まった母子手帳は、ユニセフ(国連児童基金)やWHO(世界保健機関)といった国際機関の支援も得て、2008年までには全土で配布されるようになった。しかし、母子手帳の内容が統一されていなかったり、保健医療従事者が妊産婦健診や予防接種などの記録を正しく記入できない、あるいは、妊産婦に適切なアドバイスができないなどの課題もあった。

「母子手帳が十分に活用されていない場合もあり、もったいないと感じていました。そこで、助産師の協力隊員が集まり、どうすれば母子手帳のより有効的な活用を支援できるかを議論しました」と、2014年から2016年まで助産師としてラオスに派遣された元協力隊員の永谷紫織(ながたに しおり)さんは話す。

議論をへて、永谷さんらは同国保健省の母子保健センターとともに、母子手帳の使い方を詳細に説明したガイドブックの作成と、ガイドブックを使った保健医療従事者向けの研修の開催に取り組んだ。

研修は、首都ビエンチャンの母子保健センターや、永谷さんが派遣されていた南部のサラワン県を含む助産師協力隊員の配属先の公的保健医療施設で行われた。研修期間は2日間で、参加者は母子手帳への記録方法や妊産婦のための健康教育の他、妊産婦役と助産師役を演じるロールプレイを通じて、妊産婦とのコミュニケーション方法を学んだ。

サラワン県病院での研修参加者と永谷紫織さん(前列右端)ら助産師の協力隊員

「協力隊員は、地元の人々と日々、緊密に活動しているので、それぞれの地域の訛(なま)りが自然と身に付いています。そうした訛りのあるラオス語を話す隊員が、見本として役を演じてみせると、参加者は大喜びです。私たちの熱意も伝わり、参加者の刺激になりました」と永谷さんは話す。

2019年からは、保健省がJICAとWHOの支援を受けて改訂した全国統一の母子手帳が配布されている。新しい母子手帳は、母子の健康に関する教育的な内容が増している他、ラオス語でのコミュニケーションが困難な少数民族の妊産婦も考慮し、イラストもより多く掲載されている。

「改訂には協力隊員の提案や、JICAの知見も活かされました。保健省は母子手帳を、母子保健を支える重要なツールとして位置付けるようになりました」と、改訂作業に関わった牧本小枝(まきもと さえだ)JICA緒方貞子平和開発研究所主席研究員は話す。

母子手帳は、近年、国際社会からも注目を集めている。2018年には世界医師会が「母子手帳は、母子の健康問題に関する母親の知識を向上させ、妊娠、出産、産後期間の行動を改善することに貢献している」とする声明を発表している。****

持続可能な開発目標(SDGs)では、妊産婦や乳幼児の死亡率の減少が目標の一つとして掲げられている。その達成のためにも、母子手帳の役割はますます重要となっている。

* https://www.jica.go.jp/index.html
** https://www.jica.go.jp/activities/issues/health/mch_handbook/index.html
*** JICA海外協力隊は、開発途上国・地域で現地の人々と共に生活し、課題解決に取り組んでいる。詳しくは以下参照。https://www.jica.go.jp/activities/schemes/volunteer/index.html
**** 母子健康手帳の開発と普及に関するWMA声明|世界医師会。 https://med.or.jp/dl-med/wma/mchhandbook_j.pdf