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January 2023

マニラ首都圏の洪水対策を支援

  • JICAの支援で改修されたパッシグ・マリキナ川の堤防
  • 空から見たパッシグ・マリキナ川とマニラ首都圏
  • 住民とのハザードマップの作成
  • 日本の技術を活用して建設が進むパッシグ・マリキナ川の堤防
JICAの支援で改修されたパッシグ・マリキナ川の堤防

国際協力機構(JICA)は、長年に渡り開発途上国において先を見越した洪水対策を支援している。その中でも、フィリピン共和国(以下「フィリピン」)では、首都マニラの洪水被害を軽減し、都市形成の礎(いしずえ)となる支援を行っている。

空から見たパッシグ・マリキナ川とマニラ首都圏

国土の約75%を山地が占め、平野に人口・資産が集中している日本では、大雨により河川が氾濫すると深刻な被害を引き起こす危険性が高い。そのため日本各地の河川では、ダム、護岸、堤防、放水路などの建設による河川整備を行ってきており、それが都市形成の礎となっている。

JICAは、こうした日本の技術や経験を活かし、開発途上国において洪水被害を軽減する支援を政府開発援助として行っている。その一つがフィリピンのマニラ首都圏を流れるパッシグ・マリキナ川の改修事業だ。

パッシグ・マリキナ川は、マニラ北東部の山脈を源流とし、首都圏を流れ、マニラ湾へと注ぐ河川である。川沿いには、政府関係機関、ショッピングモール、大学、公園などの施設が集まっており、フィリピンの人々にはなじみの深い川である。一方で、都市化した低平地を流れる大河川であるため、大型の台風により、これまで深刻な洪水被害を度々発生させてきた。

こうしたことから、日本政府はフィリピン政府の支援要請に応じ、長年に渡りマニラ首都圏の洪水対策の支援を行っている。現在実施しているのが、「パッシグ・マリキナ川河川改修事業」である。この事業は1999年から円借款により、下流部から順次河川の整備が進められている。

住民とのハザードマップの作成

「マニラ首都圏は、河口に広がる平野部に発達した大都市である東京や大阪と同じように、治水上の課題・リスクを抱えています。日本は自国で培ってきた治水の経験や技術を活かし、マニラの洪水対策を支援しています」と治水分野のJICA専門家としてフィリピン公共事業道路省(DPWH)に派遣されている根本深(ねもと しん)さんは話す。

2019年から実施されている「パッシグ・マリキナ川河川改修事業フェーズIV」では日本企業により、堤防、護岸、排水施設の建設、川の拡幅や浚渫(しゅんせつ)*などが進められている。河川改修には「ハット形鋼矢板(やいた)+H形鋼工法(ハット+H)」**、「ウォータージェット併用バイブロハンマ工法」***などの日本の高度な技術が導入されており、川沿いの用地取得を必要最小限に抑えつつ、地面の振動や騒音の低減、事業の工期の短縮に貢献している。

JICAは、こうした構造物の対策のみならず、非構造物対策も支援している。例えば、近隣住民に洪水リスクを理解してもらうために、洪水ハザードマップを作成したり、住民と協同して避難経路の確認を行ったりといった取組も行っている。

また、治水事業を行うための技術力を向上させるため、DPWHの治水技術の向上や人材育成について長年に渡り支援を行ってきた。特に、JICAの支援によりDPWHが2000年に設立した治水砂防技術センター(FCSEC)は、治水や砂防****に関する計画、設計、施工監理、維持管理に関する技術基準やマニュアルの作成、技術者の研修、水理実験等を行う組織として、フィリピンの治水技術向上の中核を担っている。

日本の技術を活用して建設が進むパッシグ・マリキナ川の堤防

「JICAは1980年代から継続的に日本から治水技術者をフィリピンの政府機関に派遣し、技術指導を行ってきました。長年に渡り培ってきた人間関係と、日本企業の質の高い業務・工事の実績が、日本に対する非常に高い信頼につながっていると思います」と根本さんは言う。

急速な経済発展を遂げる途上国では、自然災害のリスクを十分に考慮せずに都市開発が進んでいることが多い。そうしたところで災害が発生すると、人やインフラが深刻な被害を受け、社会経済活動が停止状態となってしまう。災害による被害を最小化するには、災害が起こる前に、災害リスクを把握し、防災対策を講じる「事前防災投資」が重要である。

「JICAは、これまでフィリピンで、治水計画の策定、人材育成、資金協力など事前防災投資によって、構造物・非構造物両面にわたる洪水対策の推進を下支えしてきました」とJICA地球環境部の坂井建太さんは話す。2020年11月に強力な台風「ユリシーズ」がフィリピンに上陸し、マニラ首都圏でも洪水が発生したが、これまでの対策によって、想定被害額の試算で約85%の被害を低減できたと推定されている。

「人命はもちろんのこと、持続的な経済成長のために、フィリピン政府も事前防災投資の重要性を理解し、近年、予算を増やしています」と坂井さんは話す。洪水対策だけみても、フィリピン政府は、2011年から2018年の間で10倍以上予算額を増加させている。

「フィリピンにおいては、今後、気候変動等の影響により激甚化する自然災害への対応のためにも、フィリピン政府の防災担当者自らが計画を立てて、災害リスクを削減し、安全な街づくりを行えるような、技術力強化、人材育成支援に力を入れていきたいと思います」と坂井さんは話す。

  • * 浚渫(しゅんせつ)は、河川、運河、港の底の土砂を取り除くこと
  • ** 矢板(やいた)は土が崩れたり、水が侵入したりすることを防ぐために地中に打ち込む板状の杭。「ハット+H」は、ハット(帽子)形の鋼矢板とH形の鋼を溶接で一体化させた、高剛性かつ高効率な組み合わせ鋼矢板工法であり、河川護岸や港湾岸壁などに使用されている。
  • *** 「ウォータージェット併用バイブロハンマ工法」は、杭先端部への高圧水の噴射と「バイブロハンマ」という装置による振動を組合せることで硬い地盤に杭を打ち込む工法
  • **** 砂防とは、山地、河岸等で土砂の崩壊や流出を防ぐこと