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March 2023

ジャカルタの地盤沈下対策を支援

  • ジャカルタ北部の観測井戸の建設地での土屋信行さん (左から3人目)
  • 日本で行われた研修で、東京の地盤沈下対策を学ぶインドネシアからの参加者
  • 2007年から2020年までのジャカルタの地盤沈下の分布と沈下の大きさ。上部の黒い地域は海。沈下はミリ単位で計測されており、赤色や黄色でハイライトされた地域は、沈下が大きな地域。陸域観測衛星「だいち」の画像解析によるデータから。
  • 地盤沈下の状況を観測するため、ジャカルタ北部に設置された観測井戸
ジャカルタ北部の観測井戸の建設地での土屋信行さん (左から3人目)

国際協力機構(JICA)は,インドネシア共和国の首都・ジャカルタの地盤沈下対策を、東京での経験を活かし、支援している。

日本で行われた研修で、東京の地盤沈下対策を学ぶインドネシアからの参加者

東京は、明治時代(1868〜1912年)以降、急速に近代化が進み、人口や工場が増加した。それによって工業用水のための地下水揚水が急増すると、地盤沈下が始まった。1950年代以降には、人口増加や経済成長とともに、地下水揚水がさらに増え、沈下が一気に進み、4メートル以上も沈下した地点もあった。日本政府や東京都は1960年代から地下水揚水を厳しく制限する法律や条例を制定したり、ダムを建設するなど、代替水源の確保を進めた。その結果、現在、沈下は沈静化している。

国際協力機構(JICA)は、こうした東京の経験を活かして、インドネシア共和国の首都ジャカルタで、地盤沈下対策を支援するプロジェクトを2018年から2022年まで実施した。ジャカルタでは、工場や商業施設による過剰な地下水揚水により地盤地下が進み、特に北部では1970年代以降、沈下が最大約4メートルに達している。沈下の結果、一部の地域では満潮時に海水の浸水が発生している。地盤沈下がさらに進めば、洪水や高潮などの自然災害やそれによる物流の停滞といったリスクが広範囲で高まることが予想されている。

JICAがプロジェクトを効果的に実施するために導入したのが「統合水資源管理」の考え方である。統合水資源管理とは、水から得られる恩恵を最大限増大させるために、生態系の持続可能性に損害を与えることなく、公平な方法で、計画的、総合的に水の利用を管理することである。

2007年から2020年までのジャカルタの地盤沈下の分布と沈下の大きさ。上部の黒い地域は海。沈下はミリ単位で計測されており、赤色や黄色でハイライトされた地域は、沈下が大きな地域。陸域観測衛星「だいち」の画像解析によるデータから。

「地盤沈下に関わる省庁や自治体は非常に多岐にわたります。そうした関係機関の一致した協力なしに、対策を進めることはできません」とJICAの国際協力専門員の永田謙二さんは話す。「そこで、プロジェクトでは、情報の共有や対策の議論を行うために関係者が一同に集まる合同調整委員会(JCC)が立ち上げられました」

プロジェクトの重要な取組の一つがデータの収集である。プロジェクトが始まる前、地盤沈下の原因が地下水揚水によるものか明確な証拠はなかった。また、どの地域で、どの程度沈下しているかもはっきりと分かっていなかった。そのため、プロジェクトでは、まず、特殊なレーダを使い地表の変化を測定することができる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測衛星「だいち」と、その後継機である「だいち2号」が収集したデータで、2007年から2020年までの地盤沈下の状況の解析を行なった。さらに、地盤沈下の状況を地上で観測するための観測井戸がジャカルタ北部に3か所設置された。

衛星のデータを分析した結果、2007年から2020年までにジャカルタで、約2センチメートルから最大で102センチメートルも沈下していることが判明した。また、観測井戸の記録でも、年間10〜15ミリメートルの沈下が確認された。また、地下水揚水が減少した地域では沈下の進行が沈静化していることも分かり、地下水揚水と地盤沈下の因果関係が明確となった。

地盤沈下の状況を観測するため、ジャカルタ北部に設置された観測井戸

「どこで、どの程度、地盤沈下が起きているか、また、地下のどの層で沈下が起きているのかを、科学的なデータに基づいて関係者へ示すことができました」と永田さんは話す。「これにより、地盤沈下対策が立て易くなりました」

東京での地盤沈下対策の経験をインドネシアの関係者に伝えることにも力が入れられた。その一環として、インドネシアの中央省庁や自治体の職員を対象にして、インドネシアや日本においてワークショップや研修が実施されている。日本における研修で、参加者は日本の政府や自治体の地盤沈下対策の歴史や技術を講義で学んだ。また、東京で観測井戸や高潮・洪水対策のための護岸なども視察している。

「東京は、地盤沈下を止めることに成功しました。しかし、沈下した地盤は元に戻りません。そのために、今でも、護岸の建設などに膨大なコストをかけて対策をとり続けなければならないのです」と、プロジェクトのアドバイザーを務めた公益財団法人リバーフロント研究所技術審議役の土屋信行さんは話す。「こうした東京の教訓を知ることで、インドネシアの関係者の地盤沈下対策への理解が深まったと思います」

2022年11月のプロジェクト終了後、アクションプランの実施を目的として、JCCの後継組織である地盤沈下対策検討会(PIC)が設立された。アクションプランでは、追加の観測井戸の建設、井戸揚水禁止区域の拡大、防潮堤の建設、他の都市への地盤沈下対策の展開などの対策が盛り込まれている。

「プロジェクトの終わりに、地盤沈下対策を担当する政府高官と会った際、彼が代替水源の確保と地下水揚水の規制でジャカルタの地盤沈下を止めると強調していました」と土屋さんは話す。「これを聞いて、私はジャカルタの地盤沈下対策が大きく進むと感じました。プロジェクトは大きな成果を生んだと思います」

JICAは、地盤沈下が進むベトナム社会主義共和国のホーチミン市でも調査を行い、対策を検討している。日本が地盤沈下から得た教訓は、経済成長が著しい開発途上国において、今後、ますます重要となっていくだろう。