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May 2023

日本人にとって特別な魚「鯛」

  • 吉田 宗弘関西大学特別契約教授・名誉教授
  • 唐津くんち祭に登場する鮮やかな鯛の山車
  • 鯛の代表格であるマダイ
  • 愛らしいルックスで小鯛とも呼ばれるチダイ
  • 地方によってレンコダイとも呼ばれるキダイ
  • 他の鯛に比べると表面が黒っぽいクロダイ
  • おめでたい席で振る舞われる祝い鯛と呼ばれる尾頭付きの姿焼き
  • 慶事の際に引き出物として配られる富山県の鯛の蒲鉾
  • 魚の保存を目的とした料理で、魚の腹にすし飯を入れた姿が雀に似ていた事が名前の由来である小鯛雀鮨
    Photo: 総本家 小鯛雀鮨 鮨萬
  • 縁起の良いお土産(みやげ)として親しまれており郷土玩具として名残を残す鯛車
吉田 宗弘関西大学特別契約教授・名誉教授

日本では非常になじみが深く、伝統行事などにも欠かせない縁起の良い魚とされる鯛。果たしてどんな魚なのか。栄養学の権威であり、日本の食にも造詣の深い吉田 宗弘(よしだ むねひろ)関西大学特別契約教授・名誉教授に話を伺った。

日本で獲れる鯛には、どのような種類がありますか?

生物学上の分類ではタイ科というグループがあり、日本近海にはマダイ、チダイ(ハナダイ)、キダイ(レンコダイ)、クロダイ(チヌ)の4種類が生息しています。これらの中で、クロダイ以外の3種は体表が赤く,素人では見分けにくいものと思います。ただし、マダイは成長すると1メートルくらいにまでなりますが、チダイとキダイは成長しても30センチくらいです。一般に流通していて消費者が認識しているタイはほとんどがマダイですが、祝宴で供されるタイの尾頭つきの焼き物には,30センチというサイズが適していることから、チダイやキダイが使われることもあるようです。

タイ科ではないのにアマダイ,イシダイ,キンメダイのように「〜ダイ」という名称の魚がいますが、「アヤカリダイ」といわれ、タイにあやかりたいということで命名されたものと思われています。

鯛の代表格であるマダイ
愛らしいルックスで小鯛とも呼ばれるチダイ

鯛はどんな特徴がある魚なのでしょうか。

タイ科の魚はいずれも陸地に近いところに生息していて、カツオなどのように回遊しません。長距離を泳ぐ必要がないため、筋肉中のミオグロビンという酸素を運ぶ赤い色をしたタンパク質の量が少なく、結果として白身の魚になるわけです。餌は小魚や甲殻類です。比較的するどい歯をもっているので、クロダイなどは貝を噛み潰して食べることもあります。マダイなどの体表の赤色は甲殻類の赤色色素が蓄積したものです。

なおマダイは天然の水揚げ量よりも養殖による生産量がはるかに多い魚種です。このため市場には安定して供給されています。

日本ではいつ頃から鯛を食べていたのでしょうか。

縄文時代(約1万7千年前から2800〜2500年前)の遺跡からマダイやクロダイの骨が出土していますので、相当古くから食べていたと考えられます。特に青森県の三内丸山遺跡*から出土したものは骨がバラバラになっていないことから、鋭利な刃物を使って今で言う「三枚おろし**」をしたものと考えられています。文献的に鯛の名前が出現するのは約1300年前に編纂された万葉集***ですが、同時代の古事記****にも鯛に関する記述がありますので、古代から日本人は鯛に親しんできたと言えるでしょう。

地方によってレンコダイとも呼ばれるキダイ
他の鯛に比べると表面が黒っぽいクロダイ

特に、鯛が縁起物として日本文化に浸透していった理由や歴史についてお教えください。

約1300年前の古代から縁起のよい魚として取り扱われていたと考えられます。「延喜式」という当時の古い法典に、神社にどういうお供え物をしたかという記録が残っています。それによれば、その頃から神社では鯛か鯉を供える儀式が行われていました。古代においてはクロダイがマダイよりも捕えやすかったので、クロダイよりもはるかに大きなマダイが捕れれば非常に喜ばれたものと想像します。また、日本では、古来より赤い色には魔よけの効果があるとしていました。このようなことから、赤くて大きな魚であり、かつ小骨も少ないマダイが縁起物として大切にされたものと思います。

また「腐ってもタイ」ということわざがありますが、タイはたんぱく質分解酵素が少ないという特徴を持っており、他の魚種よりも腐りにくいので神事などの供物にも適していたと思われます。現代でもお正月や結婚披露宴、お食い初め(「日本の伝統行事『お食い初め』に欠かせない鯛の尾頭付き」参照)などの伝統行事には鯛の尾頭つき姿焼きが振る舞われますが、これは傷みにくいので祭事に適しているという要因もあったと考えられます。特に披露宴で出された鯛の姿焼きは、宴席では箸をつけずに引き出物として持ち帰る風習もあったくらいです。

おめでたい席で振る舞われる祝い鯛と呼ばれる尾頭付きの姿焼き

また、鯛というのは、非常に整った美しい外観の魚ですので、祝い事のモチーフにしやすかったのではないでしょうか。鯛がとれない山間部では,稲藁(いなわら)などで鯛の形をしたものを編み、縁起物にしている例があります。歴史は新しいですが,富山では鯛の形をした蒲鉾(かまぼこ*****)なども存在しています。結婚式の引き出物の砂糖菓子が鯛の形をしている例も見られました。

慶事の際に引き出物として配られる富山県の鯛の蒲鉾

そのような神事で供えられたような特別な魚であった鯛を、一般の人が食べられるようになったのはいつ頃だとお考えでしょうか?また、現在の日本で鯛は一般の家庭でも好んで食べられているのでしょうか。

庶民が口にできるようになったのは、約300年前、当時、政治を担っていた江戸幕府が日本全国に商品や農水産物の流通経路を確立させてからだと考えられます。そもそも、鯛は瀬戸内海沿岸などの西日本での漁獲量が多く、現在でもその消費は西日本が東日本を圧倒しています。これは、東日本では、1960年代位からマグロが人気となって、その消費が大幅に進んだことも一因と考えられます。現在、鯛の消費が多いのは九州や京都、大阪などの西日本で、様々な料理方法で楽しまれています。

鯛を使った料理、あるいはお祭りや習慣といった鯛に関する文化について、ご紹介ください。

鯛はクセのない白身魚ですので,様々な料理に向いています。代表的なものに刺身や焼き物のほか、鯛めし、鯛そうめんなどがあります。通常の伝統的な鯛めしは一度焼いた鯛を入れてコメを昆布の出汁(だし)で炊き上げたものですが、愛媛県の宇和島では鯛の刺身を溶き卵に一度漬け、タレで味を整えてご飯にのせるという鯛めしがあります。

マダイ、チダイ、キダイの10センチ程度の幼魚は沿岸で大量に捕れることが多く、酢でしめて食することが各地で行われてきました。福井県小浜市(おばま)の「小鯛の笹漬け」はキダイの幼魚,江戸前寿司のネタである「春子(カスゴ)」に使われるのは主にチダイの幼魚です。また、大阪ではマダイの幼魚をチャリコと呼び,酢で締めたものが「小鯛雀寿司(小鯛雀鮨)」として食されています。また、同じくチャリコを用いた料理として和歌山県の「雀寿司」もあります。

魚の保存を目的とした料理で、魚の腹にすし飯を入れた姿が雀に似ていた事が名前の由来である小鯛雀鮨
Photo: 総本家 小鯛雀鮨 鮨萬

鯛の消費が多い地域では、鯛が祭りの主役に近い形で登場します。佐賀県の唐津くんち祭では、神輿が通る前の御祓(おはらい)という意味で様々な山車******が曳(ひ)かれますが、その中に鯛をモチーフにした鯛車があります。このような鯛車は、島根県や新潟県など各所にあったと思われます。愛知県の南知多町には、大きな鯛の山車だけのお祭りもあります。(「巨大な鯛が街を練り歩く『豊浜の鯛まつり』」参照)また、かつて山車としての鯛車があった地域では、郷土玩具として小さな鯛車を見つけることができます。特に新潟では、鯛の形をした曳き提灯が存在しており,お盆には火を灯して曳かれているようです。

唐津くんち祭に登場する鮮やかな鯛の山車

鯛は、日本では、古来より特別な魚とされてきました。鯛の語源は日本語で「平らな魚」ですが、鯛を魚の王者である「大位(たいい)」、鯉を川魚の王者である「小位(こい)」と位置づけ、これが語源だとする異説もあるようです。それくらい別格の魚として、神前で行われる包丁式*******や、宮廷料理、結婚式などの祝いの席など大切な場面で食されてきた由緒ある魚です。まさに日本が世界に誇る魚だと言えるでしょう。

縁起の良いお土産(みやげ)として親しまれており郷土玩具として名残を残す鯛車

* 我が国を代表する縄文集落。ユネスコの世界文化遺産に登録されている。
** 包丁を使って、魚の身の中骨に沿って包丁を入れ、中骨と両側の身の三枚になるように切り分けること。
*** 現存する日本最古の歌集。8世紀後半に成立したとされ、約4500首の和歌を収める。
**** 712年に成立した日本最古の歴史書。
***** 魚のすり身を、塩などで調味して形を整え、蒸したり焼いたりした食品。
****** 祭礼に繰り出す飾り屋台のこと。
******* HIGHLIGHTING Japan2022年6月号「1200年の日本料理の伝統を受け継ぐ」参照
和:https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202206/202206_02_jp.html
英:https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202206/202206_02_en.html