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July 2023

日本の夏を象徴する様々な「風物詩」

  • 和文化研究家・三浦康子さん
  • 紫陽花と夏の富士山
  • 茅の輪をくぐり、半年の穢れを祓う「夏越の祓」
  • 二十四節気の「小暑(しょうしょ 7月7日頃)」~「立秋(りっしゅう)の前日(8月7日頃)」にかけて送る「暑中見舞い」
  • 8月7日頃までの約18日間を「夏の土用」と呼び、特に「土用の丑の日」(今年は7月30日)に食べると良いといわれている鰻のお重
  • 蒸し暑い時期を乗り越える日本らしい「すだれ」
  • 浴衣で打ち水をする様子
  • ガラスの器に氷とともに盛り付け、目でも涼を取る工夫を凝らした「そうめん」
紫陽花と夏の富士山

古来から四季を大切にしてきた日本には、それぞれの季節にしか楽しめない「風物詩」が存在する。夏祭りや花火といった行事、涼を呼ぶ浴衣(ゆかた)やかき氷など、日本の夏ならではの風物詩について、和文化研究家の三浦康子(みうら やすこ)さんに話を伺った。

和文化研究家・三浦康子さん

日本の「夏」というのは、いつからいつまでを指しますか?

よく「暦の上では」という表現をいたしますが、5月初旬の夏が立つと書く立夏(りっか)から、8月初旬の秋が立つと書く立秋の前日までが暦の上での日本の夏です。旧暦の時代も、今の新暦*の時代も、二十四節気**に基づいた暦の上での四季の設定は変わりません。ただ、実際に私達が体感する季節としては、気象学上の6月7月8月が夏になります。私たちが「夏の風物詩」と呼ぶときの夏の期間はこちらになると思います。

よく使われる「風物詩」という言葉ですが、どういった意味を持っているのか、またどのように使われてきたのかなど教えてください。

風物詩というのは、景色や季節などの風物を情緒的にうたった詩歌という意味もありますが、通常私達が使っているのは、時季を特徴づけるものの総称です。日本には「春夏秋冬」がありますが、それぞれの時季を象徴するような特有の文化や風習、現象や食べ物、売り物などを指します。

夏の情緒を感じさせる物事を風物詩と呼びますので、地域や人、時代によって何が風物詩なのかは違ってくると思います。一方で、例えばお祭りや花火など、日本人なら「これが風物詩だね」という情景が共通して存在しているのも面白いなと思います。

伝統的に夏というのは、日本人にとってどのような季節として受け止められていると考えますか。

夏は太陽の力が一番強くエネルギッシュな季節です。作物が一番育つ大事な時期である一方、暮らしという観点からは、日本は非常に蒸し暑く過ごしにくい時期です。厳しい暑さを知恵と工夫で乗り切る季節、ということが言えると思います。

そのような蒸し暑い日本の夏ならではの習慣や行事、風物詩を改めて教えてください。

まず夏に向けた準備として衣替え(ころもがえ)があります。6月1日が目安になりますが、暑い季節に適切な衣服に着替えられるように、箪笥(たんす)やクローゼットの中身を入れ替える作業です。また、6月は各地で蛍が見られる時期なので、夜に涼みながら蛍のひかりを観賞する「蛍狩り」(「里山の夜を淡く照らす蛍たち」参照)もあります。6月末には各地の神社に設置された茅の輪(ちのわ)***をくぐる「夏越の祓(なごしのはらえ)」という行事も行われます。これは茅の輪をくぐることで、1年前半の穢れを祓い、後半も無病息災を願う行事です。

茅の輪をくぐり、半年の穢れを祓う「夏越の祓」

7月に入りますと、暑さが一段と厳しくなります。非常に厳しい夏の盛りに相手をいたわるための「暑中見舞い」や「残暑見舞い」を、通常、はがきで送ります。自分の周りの人たちにいたわりの気持ちを伝え、近況を知らせる大切な文化です。それから様々な「夏祭り」が地域ごとに行われます。「七夕(たなばた)」な様々な夏の行事を象徴するお祭りがありますが(「おりもの感謝祭一宮七夕まつり」参照)、作物の豊作や無病息災といった庶民の願いが込められています。

二十四節気の「小暑(しょうしょ 7月7日頃)」~「立秋(りっしゅう)の前日(8月7日頃)」にかけて送る「暑中見舞い」

立秋の前日までの約18日間は「夏の土用(どよう)」と呼ばれており、特にその期間に巡ってくる丑(うし)の日は「土用の丑の日」と言われ(今年は7月30日)、蒸し暑い時期に夏バテをしないよう、鰻(うなぎ)やにがうり、きゅうりといった瓜(うり)類、うどんなど日本語で「う」のつく食べ物を積極的に食べる風習があります。食い養生とも言われていますね。

8月7日頃までの約18日間を「夏の土用」と呼び、特に「土用の丑の日」(今年は7月30日)に食べると良いといわれている鰻のお重

8月に入りますと「お盆」がやってきます。多くの地域では8月15日を中心とした日程で行われるのですが、地域によっては7月15日というところもありますね。お盆とは祖先の霊をまつる行事のことで、ご先祖様の霊をお迎えする期間のこと。家族みんなが集まり、ご先祖の供養をするだけではなく、今生きているご両親や祖父母にも感謝し絆(きずな)を深めるという大事な行事でもあります。なので、この時期に日本では「お盆休み」という長期休暇がありますね。また、このお盆の時期にも各地で「盆祭り」や「花火大会」(「夏の夜空を艶やかに彩る花火大会」参照)が開かれ、多くの人が涼やかな夜の行楽を楽しみます。

冷房などの空調がなかった時に、夏を涼しくするために生まれた風物についても教えてください。

伝統的な日本の家というのは、実は夏向けに作られています。14世紀前半に活躍した歌人で随筆家の吉田兼好(よしだ けんこう)が書いた随筆集「徒然草(つれづれぐさ)」にも<家のつくりようは夏を旨(むね)とすべし>と書かれているほど、昔から風の流れを利用し、室内にこもる熱をいかに放出するかということに知恵を絞った住まいになっているのです。

そのための工夫として、まず「すだれ」や「よしず」****を屋外に付けることが挙げられます。外側に離してつけることで、家屋との隙間に日陰が生まれて空気が冷やされ、風通しも良くなります。

蒸し暑い時期を乗り越える日本らしい「すだれ」

さらに、庭先や道に水をまいて地表の気温を下げる「打ち水」もあります。日本人の夏の暮らしに継承されている風習で、気化熱で家屋の熱が冷やされたり、風の対流を起こして冷やした空気が入ってくる効果を生みます。非常に賢いやり方ですよね。

また、風が吹いていることを知らせるのが「風鈴」(「風鈴の音を楽しむ夏まつり」)です。美しい鈴の音で風を教えてくれる夏らしい装置だと思います。部屋の中では「扇子」や「うちわ」など手元で風を起こす道具も風物詩のひとつです。

また、部屋を涼しげにしつらえる工夫として、「金魚鉢」に金魚を飼って楽しんだり、「釣しのぶ」と言う、いわばハンギングバスケットのような植物を軒下に吊るして、涼しさを演出することもありますね。

暮らしの中では、「浴衣(ゆかた)」*****を着て夕涼みに出かけたりしますね。浴衣は、元々はお風呂に入る際に着用する着物でした。それが湯上りに着るようになり、家でくつろぐ際の着物になり、夕方以降のカジュアルな街着に変化していったのです。最近では夏のおでかけのために新調するような、おしゃれ着になってきています。

日本人は衣服に関して、その季節季節にあった素材や色、柄を選ぶことをとても重視していました。それは自分の着心地だけではなく、見ている周りの人に対しても季節感を届けるという配慮をしているからなのです。

浴衣で打ち水をする様子

最後に海外の方に向けて、おすすめの夏の過ごし方、体験してもらいたい夏の風物詩などあればぜひご紹介ください。

大きな夏祭りは見ていただきたいと思いますし(「青森が誇る夏の風物詩『ねぶた祭り』」「エネルギッシュな踊りに心奪われる『よさこい』」参照)、機会があればその時に浴衣も経験していただきたいですね。また日本独特の繊細で美しい花火(「夏の夜空を艶やかに彩る花火大会」参照)もぜひ見ていただきたいです。

里山にお出かけする方には、蛍狩りも経験していただきたいと思います。またちょっとしたことではありますが、風を利用する暮らしの知恵に触れていただくのも良いかと思います。

食べ物ではこの時期ならではの「ひやむぎ」「そうめん」******といった冷たくて美味しいもの、かき氷や冷奴もそうなのですが、冷たさが格別の夏の美味しい食べ物で涼をとる習慣に触れていただくのもおすすめです。

また「見立て」の文化というのでしょうか、目でも涼やかで、実際に味わうのも楽しいという遊び心が、夏の懐石料理*******や京菓子(「涼やかな夏の京菓子」参照)などでも楽しめると思います。

日本の夏は蒸し暑く肉体的には大変ですが、夏ならではの風物詩に出会える楽しみがあります。日本人の季節を楽しむアンテナの高さを感じていただけると嬉しいですね。

ガラスの器に氷とともに盛り付け、目でも涼を取る工夫を凝らした「そうめん」

* 日本は、1872年、グレゴリオ暦(太陽暦)を採用し新暦と称した。旧来使用していた太陰太陽暦を旧暦と呼んでいる。
** 1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを六つに分けたもの。今でも立春、春分、夏至など、季節を表す言葉として用いられる。
*** イネ科の草、チガヤやわらを束ねて作った大きな輪
****「すだれ」とは材料に細く割った竹や葦(ヨシ)などを用いて編んだもので、日よけや目隠しなどの目的で吊り下げて用いるもの。「よしず」は材料に葦が使われ、大型で軒先などに立て掛けて使うもの。
***** 和服の一種で木綿の浴衣地でつくられた単衣(ひとえ)の長着。
****** 小麦粉で作られた乾麺の一種であり、消費者庁所管の食品表示基準では、長径1.3mm未満の麺が「そうめん」、長径1.3mm以上、1.7mm未満の麺が「ひやむぎ」である。
******* 本来は、14世紀から発展、整えられてきた日本の伝統的な供応料理でもっとも格式が高い本膳料理を簡略化したコース料理を指すが、現在は、酒とともにいただく和食のコース料理を表す場合もある。
「HIGHLIGHTING Japan」2022年6月号「四季のうつろいを表現する日本料理」参照。