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  • 泳いでいる金魚
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  • 40種以上の金魚を飼育する屋外の水槽

July 2020

金魚の魅力を350年伝える店

泳いでいる金魚

東京は坂が多い街である。23区には「坂」の付く地名通りが800以上ある。その一つ、文京区本郷にある「金魚坂」は約350年前に開店した金魚問屋に由来する通りである。江戸の風物詩と言われた金魚が、静かな住宅地の一角で今も優雅に尾びれを揺らしている。

40種以上の金魚を飼育する屋外の水槽

水中をゆらゆらと泳ぐ色鮮やかな金魚は、昔から多くの日本人に愛されてきた。東京は江戸時代から金魚の一大産地だったが、高度経済成長期に都市開発が進むと、養殖業者の廃業や、周辺の埼玉や茨城などへの移転が相次ぎ、卸問屋も数えるほどになった。しかし、文京区本郷には350年前創業の金魚問屋「金魚坂」(別名:吉田晴亮商店))が今も店を構える。金魚坂は東京大学本郷キャンパスの前を走る大通りを渡り、坂を下る途中にある。今は地下に埋設されているが、かつてこの辺りには川が流れ、約2600平方メートルの大きな池もあったという。この池を養魚場にして金魚問屋を営むようになったのが始まりだった。

「東京大学の敷地は、当時は加賀藩のお屋敷でした。初代はそこに金魚を納めていたんです。観賞用のほかに、殿様に出す食事の毒見用にも使われていたと聞いています」と7代目の社長・吉田智子さんは言う。金魚は、室町時代(1336~1573年)に中国から日本に伝わった。当時は大変珍しく貴重な鑑賞魚として、一部の特権階級だけが飼育するものだった。江戸時代の文化・文政年間(1804~1829)になると、養殖技術の向上によって大量生産が可能になり価格も低下、水を張った桶に金魚を泳がせて売り歩く商人も現れ、庶民的なペットとなり、金魚売は季語にもなった。当時の浮世絵には、金魚を愛でる人々が多く描かれている。

現在、金魚坂は、国内外の養魚場や市場から金魚を仕入れ、縁日の金魚すくいに使われるものから観賞用まで全国に卸している。2000年に夫を亡くし、経営を引き継いだ吉田さんは金魚文化を更に広めようと、卸売りに加えて一般向けの小売販売を始めるのと同時に「カフェ金魚坂」をオープンさせた。

「金魚問屋は水の音がうるさいから、以前は池の周りを高い塀で囲っていました。だから誰も入ってこなかった。でも、せっかく東京の真ん中にこんな場所があるのだから、みんなに見てもらって、金魚を好きになってもらえる場所にしたい。そんな思いから、昔からあった池を壊して喫茶店をつくったのです」

木を基調とした店内は、温かみが感じられる。水槽の中を泳ぐ金魚を始め、フロアの至る所に金魚をモチーフとした雑貨が配置されている。

屋外に並んだ水槽では40種以上の金魚が飼育されており、誰でも自由に鑑賞できる。また、金魚すくいや金魚釣りも体験できることから、休日には多くの家族連れやカップルでにぎわうという。

「海外からのお客さんも多いですよ。私は、喫茶店に来てくれたお客さんには、必ず『金魚見ていってね』と言います。こんなに多くの種類があって、泳ぐ姿を見ていると飽きることがない。そんな金魚の魅力を一人でも多くの方に知ってほしいのです」

金魚釣り

吉田さんは、「昔から文化人に愛されてきた土地だからでしょうか、物静かで折り目正しい人が多いです。常連だからといって居丈高な態度はとらない、自分が気に入った店を一緒に育てていきたいという心意気を持った方々が多い。そこが本郷の魅力です」

江戸時代から続く金魚の伝統文化を後世につなぎたい、それが吉田さんの願いである。

吉田さんの思いに共感する人々、金魚愛好者や癒しを求める人々が、今日も少し勾配のある通りを目指して集まってくる。