Skip to Content

May 2022

Language

コンクリートへ漆を塗る技術

  • コンクリートに漆を塗ったカフェのカウンター
  • 不燃性の建材に漆を塗り重ねて壁面をリノベーションしたホテルのロビー
  • 漆が塗られた建材のサンプル
  • 漆を塗る前準備としてコンクリート表面を均(なら)す職人
  • 漆が使われた内装品が並ぶ平成建設のショールーム
  • ケイカル板(不燃材料のボード)に漆が塗られた住宅
コンクリートに漆を塗ったカフェのカウンター

コンクリートなどの素材への漆塗装を可能にする技術が開発され、伝統的な塗料に新たな価値が加わった。

漆が塗られた建材のサンプル

“漆”は、ウルシの木から採取した樹液から作られる日本の伝統的な塗料である。漆は、例えば、皿や椀、箸、あるいは文箱といった、主に身近で使う道具で木材製品の塗料として広く用いられ、長い間日本人に親しまれてきた。

漆を塗る前準備としてコンクリート表面を均(なら)す職人

本州・中央部の太平洋沿岸に位置する静岡県沼津市に本社を置く平成建設では、漆を木とは全く材質の異なる、コンクリートなどの不燃材料と呼ばれる燃えにくい素材に塗る新しい技術を開発し、その技術で2017年に特許を取得した。それらは、表面は木材への漆塗装と変わらない、防水性や抗菌性、質感と色つやを持ちながら、中身は従来のコンクリートであることから、現代の建築工法になじみ、個人の住宅のみならず、ホテルやカフェといった現代建築の一部への採用が徐々に広がってきている。そもそも漆塗りは、その深いつやの美しさから、天然の素材を使用する塗装として国内外で評価が極めて高い(参照)。ところが、漆をコンクリートや漆喰などの強アルカリ性の基材面に塗ると、化学反応が生じてしまい、安定した定着や表現が難しい。また、特に現代において、安価で施工性・メンテナンス性の高い新建材が普及したことにより、日本でも、住居や公共施設といった一般的な建築に漆が用いられることは、めっきり減ってしまった。しかし、この新技術によって、実に、様々な建築へ漆塗を取り入れることが極めて容易になった。

不燃性の建材に漆を塗り重ねて壁面をリノベーションしたホテルのロビー

「社内での実験的な試みとして、初めて漆をコンクリートに塗ったときには、それまでに見たことのない美しい質感に驚きました」と、この技術を開発した平成建設の有賀建樹(あるが たつき)さんは話す。漆器職人の家に生まれ、漆塗りの技術やデザインの勉強をしてきた有賀さんにとっても、その第1作目は衝撃的だった。「伝統的な漆のつやの奥に、現代的でクールなコンクリートの質感が重ね合わさっている独特の素材感、表情に魅了されました。漆は塗る素材の特質を最大限に引き出す塗料であることを今さらに再確認しました」

しかし、新技術の開発は難航した。漆の主成分であるウルシオールという樹脂が硬化するために最適なpHは中性から弱酸性にかけてである。木材と違い、アルカリ性のコンクリートに漆を塗っても、漆が十分に硬化せず、定着しづらい。しばらくすると剥がれ落ちたり、色が変わることもあった。そこで、有賀さんらは漆をアルカリ性の不燃材料に定着させるための技術の研究を重ね、試作を重ねた。問題解決のヒントとなったのが、日本の南部鉄器(17世紀ごろから岩手県でつくられてきた鉄鋳物、Highlighting Japan 2012年3月号参照)を作る過程で、防錆(ぼうさび)のため漆を焼きつけて表面塗装をするという古い技術だった。これは、火にかけて熱くした鉄瓶に漆を擦り込んで塗装する方法で、高温で硬化する漆の性質を利用している。これをもとに、建材の表面に熱を加える手法を有賀さんは思いついた。試行錯誤を重ね、いくつかの特殊な処理を施すことで、コンクリートのような強アルカリ性の材質であっても漆が安定する技術を確立し特許を取得した。

漆が使われた内装品が並ぶ平成建設のショールーム

平成建設では、この技術による漆塗の意匠表現が評価され、「不燃材への漆塗技術」が公益財団法人日本デザイン振興会の主催による2017年度グッドデザイン賞を受賞した。

現在、有賀さんは平成建設が展開する漆プロジェクト「空間漆芸室(くうかんしつげいしつ)」の責任者(又はチーフ)となり、幅広いテイストの空間に漆の使用を提案、施工している。例えば、一般住宅では、玄関の漆喰の塗り壁に漆を重ねて塗ることで、独特のオレンジ色を帯びた温もりある風合いと透明感を表現した。また、漆の漆黒の壁と間接照明で空間演出したホテルのロビー、コンクリートと漆で重厚感と柔らかさを併せ持つカフェのカウンターなど、さまざまな漆の表情を表現している。平成建設は、こうした漆の表現を海外で展開することも検討中だ。

ケイカル板(不燃材料のボード)に漆が塗られた住宅

漆塗装は手間暇のかかる仕上げのため、一般的に普及している塗料と比較し高価な仕上材となっていることも一因となって、現在、日本では、その利用は縮小傾向にあるという。そんな中、コンクリートなどの不燃材料への塗装技術は、伝統的な塗料である漆の新たな価値を生み出したと言えよう。