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May 2022

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「輪島塗」の新たな美しさを追求する

  • 蒔絵と半貴石を組み合わせたジュエリー。左からラピスラズリ、アコヤ真珠、琥珀と組み合わせ。
  • レースと蒔絵と漆塗りの組み合わせが不思議な陰影を生む皿
  • 漆塗りの作品を制作するロスさん
  • レースを補強材として使った漆器
  • 貝の真珠層の螺鈿(らでん)とウズラの卵殻の螺鈿、そして銀の蒔絵による漆塗りの箱
  • 美しい自然の中にたたずむロスさんの工房
  • 自作の漆塗りアクセサリーをつけたロスさん
漆塗りの作品を制作するロスさん

英国出身のスザーン・ロスさんは、日本を代表する漆器の産地の一つである石川県輪島市(わじまし)の自宅で、漆塗り作家として数多くの作品を制作し続けている。

美しい自然の中にたたずむロスさんの工房

日本海に面する石川県輪島市の「Ross Studiosギャラリー」には、素朴で温かみのある肌触りで手に馴染む器、真珠や貴石に漆を取り合わせた艶やかなアクセサリー、あるいは和紙と漆で構成された大胆な絵画など、多彩な漆作品が並ぶ。これらの作者は、英国のロンドン出身のスザーン・ロスさん。ロスさんは1990年に輪島市に移住、輪島塗の伝統技術をもとに、ロスさん独自の感性と斬新なアイデアで、これまでにない数々の漆作品を生み出してきた。

レースを補強材として使った漆器

ロスさんが初めて日本の漆器と出会ったのは、ロンドンのアートスクールの学生時代。「王立芸術院*で日本の伝統工芸品の展示があり、そこで見た漆器に強く惹かれました。深い黒の漆の中に金や貝の欠片がキラキラしていて何て美しいのだろう、と。それは、日本の画家にして工芸家の尾形光琳**(おがた こうりん)(1658-1716年)の作った硯箱でした」とロスさん。その体験から自分で漆器を作ってみたい、という思いがつのり、日本へ行くことを決意した。

蒔絵と半貴石を組み合わせたジュエリー。左からラピスラズリ、アコヤ真珠、琥珀と組み合わせ。

1984年、日本へ渡ったロスさんは、東京で、英語で墨絵と書道を教える先生に出会い、日本の美意識について学んだ。「日本の絵画は、何も描かれていない余白にも意味を求める。時には題材を紙にすべて描ききらない。例えば木の枝なら、わざと途中までしか画面に描かないようにする。そうすることで、見る人にその先に何があるかを想像させる。こうした日本の独特の美意識は、私に影響を与えました」とロスさんは語る。その後、1990年にロスさんは輪島市に引っ越し、石川県立輪島漆芸研究所へ入学した。

レースと蒔絵と漆塗りの組み合わせが不思議な陰影を生む皿

輪島漆芸研究所は、「人間国宝」と呼ばれる重要無形文化財保持者の技術を次世代に伝えることを目的とした学校で、ロスさんはここで輪島塗の伝統的な技術や蒔絵、螺鈿(注:参照)を施す技術を学んだ。また、ロスさんは漆の可能性を広げる挑戦、例えば、漆を塗る器の強度を増すために使用する亜麻布の代わりにフランス製レースを使用するといったことにも取り組んだという。

貝の真珠層の螺鈿(らでん)とウズラの卵殻の螺鈿、そして銀の蒔絵による漆塗りの箱

2000年から漆塗りの作家として自立してから、ロスさんは、個展を度々開き、伝統工芸展への出品など、作品を意欲的に発表した。石川県モダンアート展入選を始め、数々の賞を受けた。

特に、ロスさんのライフワークの一つとなるレースを下地に使った漆器の数々は、日本からも海外からも称賛を受けた。漆を塗ることによってレースにこれまでにない艶やかな表情と質感を与え、漆器としてはまったく新しい表現となって、漆芸の幅を広げることになった。

蒔絵と半貴石を組み合わせることでロスさんが作り上げるジュエリーは、漆芸品になじみがない日本の若者や海外の人にも人気が高い。また、ロンドンやハワイ、ニューヨークなどで、日本の漆を紹介する講演会やワークショップを行うなど、漆の魅力を国内外に発信する活動を精力的に続けてきた。

現在、ロスさんの工房は、輪島の市街地から少し山に入ったところにある。廃屋同然だった牛小屋だった古民家を譲り受けて、夫と二人で作り上げた工房だ。

自作の漆塗りアクセサリーをつけたロスさん

「川のせせらぎの音が聞こえ、日本海にも近く、数え切れないほどの植物、動物や昆虫に囲まれた、天国のようなところ」と言うロスさんは「ここの自然は本当に美しい。私は毎日、山や海沿いを散歩して、その自然の中からインスピレーションを受けています。これからの私の人生は、残された時間で自分の作品を作ることに集中したい」とロスさん。

本年・2022年は、ニューヨークのミュージシャンの依頼で楽器に蒔絵を施すという、ロスさんにとって未経験の大きなプロジェクトも控えている。ロスさんの、漆をめぐる冒険と挑戦は、まだまだ続く。

* Royal Academy of Arts。美術学校,美術館の機能も兼ねる。
** 日本の近世を代表する画家・工芸家。代表作は「紅白梅図屏風」(国宝)。