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March 2023

金の魅力を引き出す「彫金」

  • 桂盛仁さん作の木兎の抓(つま)みのついた「木兎(みみずく) 香爐」(横12.5センチメートル、高さ10.5センチメートル、縦8センチメートル)(1993年)
  • 桂盛仁さん作の蛙の形をした「蛙 帯留金具」(横3.8センチメートル、高さ0.8センチメートル、縦2センチメートル)(2005年)
  • 桂盛仁さん作の「金鶴洲浜台 復元新調」(春日大社所蔵。鶴の高さは約5センチメートル)
    撮影者:大谷美樹(扶桑社)
  • 桂盛仁さん作の唐辛子の形をした「唐辛子 帯留金具」(横5.5センチメートル、高さ0.8センチメートル、縦2センチメートル)(2003年)
桂盛仁さん作の「金鶴洲浜台 復元新調」(春日大社所蔵。鶴の高さは約5センチメートル)
撮影者:大谷美樹(扶桑社)

桂盛仁(かつら もりひと)さんは、伝統的な「彫金」(ちょうきん)の金属加工技法を用い、金などの素材から作品を生み出している。

桂盛仁さん作の木兎の抓(つま)みのついた「木兎(みみずく) 香爐」(横12.5センチメートル、高さ10.5センチメートル、縦8センチメートル)(1993年)

「彫金」は、金や銀、銅、鉄などの素材を、主に鏨(たがね)を使い、彫ったり、打ち出したりして、造形や装飾を行う伝統的な金属加工技法だ。彫金は、1440年頃に技術が完成した。17世紀初頭から約260年間、徳川幕府のもとで侍が支配した江戸時代に、侍が使う刀の鍔(つば)や柄(つか)など装飾に用いられ、更に高度に発達した。続く明治時代(1868〜1912年)、1876年の廃刀令などにより近代化が進むと、彫金で、キセルや煙草入れ、和服の帯に付ける装飾品の「帯留」、床の間や、仏具で使用する「香爐」(こうろ)などの工芸品が作られるようになった。

これらの彫金の技法で、国の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されているのが桂盛仁(かつら もりひと)さんである。1944年生まれの桂さんは、17世紀から続く彫金の一派である柳川派の伝統を受け継ぐ父のもとで修行し、20歳代半ばから数多くの作品を世に送り出してきた。

桂さんの作品の特徴の一つが、1.2〜1.5ミリメートルの厚みの1枚の金属板から打ち出される立体造形である。鏨で金属板を根気強く叩き続け、鳥、昆虫、植物などの姿を徐々に形作っていく。桂さんの作品の一つ、「木兎(みみずく) 香爐」は、香爐の蓋の抓(つまみ)が木兎となっている。鋭い眼光の木兎は、金属とは思えないほどリアルだ。実際、「四分一(しぶいち)」と呼ばれる銀と銅との合金で作られている。

「作品を見た人が、見ているものが動いたのではないかと思うような作品を作りたいのです」と桂さんは話す。「ただ、四分一は非常に硬いので、立体的な作品を作るのが本当に大変です」

桂さんの作品は色が多彩である。これらの色を生み出すために重要な役割を果たすのが金である。金を使った桂さんの作品の一つに2005年制作の「蛙 帯留金具」がある。金に少量の銀を加えた淡い金色の蛙は静止した姿だが、目の部分に光沢の強い純金の象嵌(参照) が施され、今にも跳ね出しそうな印象を作り出す。

桂盛仁さん作の蛙の形をした「蛙 帯留金具」(横3.8センチメートル、高さ0.8センチメートル、縦2センチメートル)(2005年)

「金といえば一般の人は黄金色の純金を思い浮かべるでしょう。しかし、金に銀や銅を混ぜると、色は多様に変化させることができます」と桂さんは話す。「金を少し使うだけで、作品の印象は大きく変わります。それが金の持つ凄さの一面です」

金を使った、特に印象深い最近の作品は、奈良県の春日大社*が所蔵する国宝の「金鶴洲浜台(きんつるすはまだい) 復元新調」で、春日大社が桂さんに制作を依頼したのだった。神に捧げる宝物「御神宝(ごしんぽう)として、春日大社の境内にある若宮神社へ奉納された「金鶴及銀樹枝(きんつるおよびぎんじゅし)」を復元したものである。桂さんは純銀の樹枝に純金の鶴がとまる作品を2対復元した。そのうちの1対は春日大社の美術館である「春日大社 国宝殿」に収蔵され、もう1対は御神宝として若宮神社に奉納され、人目に触れることはない。

「複製品の制作では、900年前の彫金の技術の高さにも驚かされました」と桂さんは振り返る。「純金は柔らかいので、鏨で力を加えると変形しやすく、実は、かえって作品を作るのがとても難しいのです。しかも、鶴は高さ5センチメートルにも満たない小さなものです。その翼や胴体、頭部などに0.1〜0.2ミリメートル以下の細い線を彫っていく作業は、やり直しがきかないだけに緊張の連続でした。制作には8か月かかりましたが、完成した鶴が神様に捧げられると思うと、特別な気持ちで仕事に打ち込むことができました」

桂盛仁さん作の唐辛子の形をした「唐辛子 帯留金具」(横5.5センチメートル、高さ0.8センチメートル、縦2センチメートル)(2003年)

後世の人も、その黄金に輝く優美な姿と桂さんの高度な技に驚嘆の声を上げることだろう。

* Highlighting Japan 2021年7月号「春日大社の神域の森」参照。https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202107/202107_03_jp.html