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March 2023

金に表れる速水御舟の芸術性

  • 速水御舟作《名樹散椿》、1929年、紙本金地・彩色・屏風(2曲1双)、各縦167.9センチメートル、横169.6センチメートル、重要文化財、山種美術館所蔵
  • 速水御舟作《炎舞》、1925年、絹本・彩色、縦120.3センチメートル、横53.8センチメートル、重要文化財、山種美術館所蔵
速水御舟作《炎舞》、1925年、絹本・彩色、縦120.3センチメートル、横53.8センチメートル、重要文化財、山種美術館所蔵

金を巧みに活かして日本画の新しい表現を追究し続けた画家、速水御舟(はやみ ぎょしゅう)を紹介する。

速水御舟作《名樹散椿》、1929年、紙本金地・彩色・屏風(2曲1双)、各縦167.9センチメートル、横169.6センチメートル、重要文化財、山種美術館所蔵

「日本画」という名称は、日本が近代化の道を歩み始め、絵画の世界でも西洋から本格的に流入し始めた西洋絵画と区別するため19世紀末頃に生まれたという。その技法自体は、千年以上前から続く日本の伝統的な技法や様式が基本となっている。日本画の最大の特徴は画材にある。和紙や絹に、鉱物を細かく砕いた岩絵具や墨、金箔などを使う。その際、岩絵具や金箔を定着させるために接着材の膠(にかわ)が用いられる。

速水御舟(1894~1935年)は、日本画を代表する画家の一人で、金を絵具のように巧みに使い数々の逸品を描いた。

「御舟は40歳で早逝したため、画家としての活動期間は20数年と長くありませんでした。しかし、生涯を通じて常に新たな表現に挑み続け、画風や技法は大きく変化しました。一つの形にとどまることなく、いわば日本画の『破壊と創造』を繰り返した芸術家だったのです。そんな御舟が大切な表現手段として使い続けたのが金でした」と話すのは御舟の研究者であり、山種美術館の館長を務める山﨑妙子(やまざき たえこ)さんである。東京都心にある山種美術館は、御舟の作品120点を中心に、近代・現代の日本画1800点あまりを所蔵している。

御舟の金の使い方が特に印象的な作品として、《炎舞》(えんぶ)、《翠苔緑芝》(すいたいりょくし)*、《名樹散椿》(めいじゅちりつばき)**の三つがある。

《炎舞》は1925年に発表され、国の重要文化財に指定されている。これを描くため御舟は避暑地の別荘に滞在した3か月の間、毎晩のように焚き火をして、炎とそこに集まる蛾を観察し続けたという。そして暗闇に舞い上がる火の粉と蛾の舞うさまを、金粉を膠と水を混ぜて溶いた「金泥(きんでい)」という顔料を使い、ち密に、そして絶妙な色合いで描き出したのである。また、1928年発表の屛風《翠苔緑芝》は、地におよそ1万分の1~2ミリメートルにまで薄くのばした金箔が貼られている。

金箔と金泥は古くから日本画に使われてきた素材だが、1929年に発表された重要文化財の『名樹散椿』で、御舟は金箔を竹筒に入れて粉状にして振りまく「撒きつぶし」という独自の技法を用いている。

「少年時代、御舟は蒔絵***も習っており、それをヒントに撒きつぶしを考え出したのでしょう」と山﨑さんは言う。御舟は膠を塗った和紙の上に、細かな金粉を繰り返し撒くことで、金箔や金泥とは異なるしっとりと落ち着いた金地を作り出した。その金の輝きには深みのある美が宿っている。そして、そこに樹齢400年と伝わる椿の花を、あざやかな色彩で表現することで、その存在感を際立たせている。

「撒きつぶしでは、同じ面積に金箔を貼るのに比べると、5~6倍の量の金を使います。ある意味、とても贅沢な技法です」と山﨑さんは言う。

山﨑さんによれば、御舟は画家としての才能はもとより抜きん出ていたが、生涯を通じて決して努力を怠ることがなかったという。

彼が長生きしていれば、より多くの革新的な作品が生まれ、日本画の世界は今とは違うものになっていたかもしれない。御舟の金を使った大胆な構図は、観る人をいつまでも引き付けてやまない。

速水御舟作《翠苔緑芝》、1928年、紙本金地・彩色・屏風(4曲1双)、各縦172.7センチメートル、横363.5センチメートル、山種美術館所蔵

山種美術館
東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:10:00-17:00 ※入場は閉館の30分前まで。
休館日:毎週月曜日(祝日は開館、翌日火曜日は休館) 展示替え期間、年末年始
https://www.yamatane-museum.jp

* 『炎舞』と『翠苔緑芝』は山種美術館で2023年5月20日から7月17日まで開催予定の展覧会で展示予定。
** 『名樹散椿』は山種美術館で2023年9月30日から11月26日まで開催予定の展覧会で展示予定。
*** Highlighting Japan 2022年5月号「日本における漆の歴史と文化」参照。https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202205/202205_01_jp.html