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March 2023

自ら修復するコンクリート

  • Basilisk HA (バジリスク ヒーリングエージェント)
  • 北海道・新千歳空港でのひび割れ補修の実証実験
  • 自己治癒したコンクリートブロックのひび割れ(右)
Basilisk HA (バジリスク ヒーリングエージェント)

あたかも生命体が傷を癒すかのように、自ら修復するコンクリートを日本の企業が実用化した。このコンクリートを建材として使うことで、二酸化炭素排出量の抑制も期待されている。

自己治癒したコンクリートブロックのひび割れ(右)

コンクリートは圧縮力に強い反面、引張力(ひっぱりりょく)には弱く、乾燥や収縮によってひび割れが生じやすい。こうした性質を補うのが鉄筋によって補強した鉄筋コンクリートだが、コンクリート自体にひび割れが生じれば、水や空気が入り込んで鉄筋が錆び、断裂や崩壊を引き起こしてしまう。

こうしたコンクリートの弱点を解消するため、北海道苫小牧市(とまこまいし)に本社を置く會澤(あいざわ)高圧コンクリート株式会社とオランダ王国のデルフト工科大学の共同開発によって誕生したのが、自己治癒コンクリート「Basilisk HA (バジリスク ヒーリングエージェント)」だ。

「あたかも生命体が傷を癒すかのように、コンクリートが自分でひび割れを直してしまうと聞けば、普通の人はまるで夢のような技術に思うかもしれません」と話すのは會澤高圧コンクリートの代表取締役を務める會澤祥弘(あいざわ よしひろ)さんだ。「実は生物を使ってコンクリートに自己治癒機能を持たせるという技術開発の歴史は意外と古く、当社のアイザワ技術研究所でも納豆菌*などを用いたアプローチを7年以上前からスタートさせていました。こうした中、出会ったのが、オランダのデルフト工科大学の研究グループが培養に成功したアルカリ耐性に優れたバクテリアだったのです」

デルフト工科大学の技術は、概ね次のようなものだ。アルカリ耐性の強いバクテリアと、その栄養源となるポリ乳酸から構成される顆粒状のカプセルをつくり、コンクリートに混ぜる。すると、ポリ乳酸はコンクリート内の水やアルカリ成分によって徐々に分解され、乳酸カリシウムへと変化する。その一方、バクテリアは休眠状態になる。pH12~13という強アルカリ性であるコンクリート内では、バクテリアは活性化できないからである。しかし、何らかの事情で、このコンクリートにひび割れが生じて雨水や酸素が入り込み、コンクリートのpHが8~10まで低下すると、バクテリアは、乳酸カルシウムを栄養として再び活性化し始め、増殖する。そして、増殖するバクテリアは乳酸カルシウムを摂取しながら、炭酸カルシウムを排出していく。この炭酸カルシウムがひび割れの隙間を埋め、コンクリートを修復していくのである。さらに、バクテリアが活性化する過程で、炭酸カルシウムの他に、二酸化炭素(CO2)も排出される。このCO2が、コンクリートから溶け出した水酸化カルシウムと結びつくことでも、炭酸カルシウムが排出される。こうした化学反応で排出される炭酸カルシウムによって、ひび割れの隙間が次々と埋められていくのである。そして、ひび割れの隙間が完全に埋まると、再び、コンクリート内部のアルカリ度が高まり、バクテリアは再度、休眠状態になる。

北海道・新千歳空港でのひび割れ補修の実証実験

しかし、この技術の実用化には課題があった。「自己治癒コンクリートの開発で最も苦労したのは、量産をいかに実現するかという課題の克服でした。なにしろ、土木や建築の現場では膨大な量のコンクリートを使用しますからね。デルフト工科大学が研究していたバクテリアは非常に有望でしたが、それをポリ乳酸と一緒にカプセル化してコンクリートに配合するという方式だったため、生産効率やコストの面から大量生産には不向きだったのです」と會澤社長は振り返る。

2017年に共同開発が始まったが、會澤高圧コンクリート株式会社の特殊なミキシング技術によって成功に至った。サイズが極めて小さなバクテリアをポリ乳酸に封じ込め、カプセルと同様の粉体**(ふんたい) を大量に作り出す減圧超高速攪拌(かくはん)法を約2年半かけて確立し、世界初の自己治癒コンクリートの実用化と量産体制を整えた。そして、2020年11月から、日産10トン、年間約70万立方メートルの自己治癒コンクリートの供給が始まっている。

「私たちの研究では、バクテリアはコンクリート内で約200年生き続けることが可能です。つまり、コンクリートの自己治癒機能も、その間は持続するわけです。これは、従来の鉄筋コンクリートがおよそ50年から60年であることに比べ、その寿命が飛躍的に伸びることを意味しています。また、従来のコンクリートと比べて、ひび割れや劣化の補修に要するマンパワーやコストが格段に低くなり、更には、脱炭素化社会の実現に向けて大きなインパクトを与えることになるはずです」と會澤社長は語る。

鉄筋コンクリートを多用している道路や港湾といった社会インフラの構造体は、設計段階で50年間の寿命を設定しているという。自己治癒コンクリートの活用によって、このサイクルが仮に2倍に伸びれば、公的費用負担ばかりでなく、コンクリートの原料であるセメントの生産によるCO2の将来にわたる放出量の積算値が半分に抑えられる計算になる。現在、セメントの生産では、1トン当たり約0.8トンものCO2が放出される。日本で、セメント生産によって排出されるCO2は、年間約3400万トンで、全産業の5~7パーセントを占めることから、この排出抑制が長年の課題であった。長期的に見れば、自己治癒コンクリートは、この課題の解決に貢献するものだ。

自己治癒コンクリート「Basilisk HA」は、2022年7月、国土交通省が新技術の活用促進を図るデータベース「新技術情報提供システム(NETIS)」に登録され、2023年1月には、第9回「ものづくり日本大賞(優秀賞)」を受賞した。日本においては、社会インフラ設備が寿命を迎えて老朽化が進んでいることから、自己治癒コンクリートは非常に重要な役割を担うことになるだろう。

コンクリートの自己治癒の仕組み

* 納豆の商業生産に使用される枯草菌の一種。
** 固体が、粒子になって多数集合している状態。